江田島技能実習生による殺傷事件裁判を傍聴して―2


 前回の報告から2月27日の結審まで全てを傍聴していませんが、協同組合の通訳、被告人、精神鑑定医そして技能実習生問題に詳しい全統一の鳥井さんに対する質問を聞いたのでこの辺りのことから報告します。

T 協同組合の通訳のカンさんの話から
@ この事件を知ったのは高橋専務理事から切串で技能実習生が暴れているとの連絡があり、切串に向かい、その途中、警察の車とすれ違い後部座席に被告が座っているのを見たので警察に向かった。警察に行くと被告が担架に拘束され、頭に血の塊があるのを見た。
A 警察で通訳をすることになり被告は自分の犯行であることを認めその原因は「社長に裏切られた(うらみがある)」とのことだった。また取り調べ中に胸痛を訴えたことから広島大学病院に救急車で向かい入院検査となった。救急車の中などで「社長からバカといわれたこと、人がいないところで殴られたこと」などまた頭の怪我については、「自分がやったものでもう少し強くやれば死ねた。」などの話を聞いた。
B 性格的にはおとなしい特別問題は無かったが、お金を必要としているらしく、子供の学費のためと来日2カ月で送金した。送金手数料がかかることから普通は半年に1回である。
C 移籍前の職場では、イカダ修理、カキの種付け、カラ通しなどで川口水産より仕事の種類は少なかった。また会社からのクレーム等なかった。(川口水産よりも仕事の種類が少なかったのは勤務していた時期によるものか、沢山の従業員がいたためか不明)
D 川口水産に移籍してからは担当が違うこともあったが時々連絡があり訪問していたが川口社長に対する不満は聞いたことがなかった。

U 被告人への質問から
(1)家庭環境
@ 出身は遼寧省でトウモロコシ農家をしており、農閑期(2〜3ヵ月)には炭鉱等に出稼ぎに行っていた。
A 父親は統合失調症を発症し、お酒を沢山飲みだしたり、寝ずに喋り捲り、母を殴ったりしていたが自分が6歳の時に亡くなり母親が農業を継続した。
B 24歳の時に結婚し子供が一人いるが妻は子供を連れて出て行ってしまいどこにいるか分からないが離婚はしていない。
C 学校の勉強について行けず、中学2年から学校に行っておらず中学を卒業していない。技能実習生となるため卒業証書は買ったものである。
(2)技能実習生となるに当たって
@ 技能実習生になったのは日本に行くと8万元稼げると聞いたからであった。
A この話をしてくれたブローカが送出機関の五環を紹介してくれた。
B 紹介費用として貯金や友人から借りたりして21,300元支払ったが、これ以外にも支払っているがいくらだったか覚えていない。
C 仕事の内容は水産業でカキ養殖の仕事と言うことは聴いていたが、経験は一切なかった。
D 経歴書に水産業の経験があると書いたのはこのように書かないとビザが下りない為で送出機関の五環からコピーを渡され書き写した。
E 中国での仕事はトウモロコシ栽培と農閑期の出稼ぎだけで、長期間勤務することもなかったし、単純な作業の繰り返ししか経験はなかった。
(3)日本語について
 仕事でいろいろ注意を受けたがバカという言葉しか聞き取れず悩んでいた。社長の身体の動きを見て自分なりに理解していた。違っていればまた指示が出るので同じようにしていた。
(4)社長に対する気持ち
 自分を息子の様に可愛がってくれた、宮島に連れて行ってくれた、一緒に写真を撮てくれたこと、またパソコンを中国に持って行ってもらったこともあり川口社長は「とてもいい人」と思っている。
(5)裁判所で最初の頃奇矯な行動をとったことについて
@ 裁判初日に出廷を拒み暴れたのは中国語で裁判所に行く旨の説明が無く何のために行くのか分からなかったためで刑務官の指を噛んだ。
A 入廷時の行動は拘置所でのお風呂時間が短く、早く出るように叩かれたりしていたので裁判官も含めてすべて悪人と思っていたためであった。
(6)事件の発端となった原因
@ テレビに小鳥の交尾、妻が殺される場面が映り、母の叫び声、姉との性的関係を知られたと思い包丁を持って下で誰かと話をつけようと思った。
A 生ごみを持ち、包丁を隠して下に降りた。三浦水産の社長を見て二階に戻った。
B 中国での私のことがなぜテレビで報道されるのか。下の川口水産の人たちに話に行こうと思った。川口水産で見たからで、他の場所で見たら他の場所に行ったと思う。

V 精神鑑定医籠本医師への質問から
(1)鑑定結果について
@ 被告の犯行当時及び現在の精神状況の鑑定で、5/8、5/30、6/19、7/3の4回実施した。
A 本人及び関係者の供述調書に基づいて判断して過去の行動には結果精神障害を疑わせるところはなかった。
B 本人との話、知人の話等からも精神障害を疑わせるものはなかった。
C 基本的な症状の有無を見たがそうしたものはなかった。たとえば、統合失調症では近所の人が自分を監視している、監視カメラが設置されている等の妄想があるがそうしたものはなかった。
D 鑑定の結果は、犯行当時精神障害は認められず、物事の善悪を判断して行動する能力があった。
(2) 知能検査について
@ 知能検査のウェクスラーAWIS−Vを実施した。これにはる言語性IQと動作性IQの二つからなり、言語性IQは、一般的知識、言葉、算数の計算、記憶力等知識・計算力、記憶力を調べる検査であり、動作性IQは、作業を効率的に行うことができるかどうか検査する。模様の組み立て時間、絵の描けている部分の言い当て、4枚のカードを並べてストーリーを説明するなどの手法を用いる。
A 結果は、言語性IQが70点、動作性IQが53点、総合で59点であった。
B 言語性IQ70点は母国語に置き換えると80点程度と考えられ、境界域あたりの知能であり、動作性IQの53点は、通常、80〜100の間であり、軽度発達遅滞であり、これは仕事の段取りが悪いとの証言と合致する。
C この結果からみると、被告の周りの人たちは通常会話では普通人と感じるのに、仕事に入ると段取りの悪さが目立ちギャップを感じていたと思う。なぜ出来ないのかと見えたのではないかと推測する。こうした状況は被告人にとってはストレスになっていたと思う。

(3)  第2回と第3回の不規則発言については
 現場を見ていないが、資料を見た限りでは、自由を奪われ、重大な犯罪に対してどのような罰が下されるか分からない状況の中で、急に幻覚、妄想や興奮状態から自傷行為、脱糞など通常考えられない行動をとることがある。これは、内因性で原因のない一生治療を要する統合失調症ではなく、拘禁性精神病と言える。この病気はつらい状況が無くなれば元に戻る病気である。
(4)激情犯について
@ これは日本では一般的な概念ではない。いろいろな特殊事情が重なり瞬間的に犯した犯罪である。ただし二度とそうした犯罪を犯すことがない犯罪をさす。ドイツでは情状の対象となるがドイツだけの考え方である。
A 今回の犯罪が激情犯に該当するか否かについては、さまざまな問題が日常生活の中にあったことからこれに近い状況があったといえよう。
(5) 犯行時の精神状況
 精神病が主たる原因である場合には善悪の判断ができないが、被告の場合、自傷行為に及んだり、社長の妻を見て落ち着きを取り戻している。自分に良くしてくれる人には犯行に及んでいないため興奮はしていても善悪の判断能力は正常に保たれていた。救急車の中での話また警察での供述からも同様に判断できる。
(6) 犯行動機等について
@ 常時、妻との関係と家庭内での性的な問題への悩みを抱えており心に穴が開いた状態であり何かを切っ掛けとして自己コントロールできなくなり犯行に及んだと考える。
A 何が切っ掛けとして感情を爆発させ犯行に及んだのか本人も私も分からない。ただ切っ掛けが分からないことと精神病とは直接関係が無い。過去の鑑定例でも数件遭遇したがまれな例である。
B 犯行直前まで犯行を考えていたとの材料は見つからないため計画的な犯行ではなく衝動的な犯行であったといえる。
(7)犯行動機の遠因として
@ 家庭の事情と妻との関係は中国での話なので日本で対処できる問題ではなく本人にとって精神的負担は大きかった。
A 日本語ができないこと、また同僚がいなくなったことなどから移籍後孤立したこと
B 川口水産にこれまで来た実習生と比較して仕事を覚えない、仕事を覚えようと積極的に取り組まないなどと社長や打ち子からプレッシャーがかかっていた。
C こうした状況で相談する人がいない、また社長のことなど相談しても頑張るようにとのことで終わっている。
D 本人が会社で唯一慕っていた社長の妻にも妻の悩みを打ち明けたが中国での話なので援助が受けられる訳ではなかった。
E 1年契約で来ており、5月で契約が切れるが、契約時に多額のお金を支払っている。途中帰国では違約金を取られるため帰国するわけにもいかない状況にあった。
F さまざまな悩みを抱えていたが解決する術がないのが現状という状況に置かれていた。

W 全統一 鳥井一平氏への証人質問
(1)弁護側からの質問に対して
 弁護側からの質問は技能実習生制度がどのような制度であるのかまたその制度に起因する残業代未払等の問題、それらが引き起こされる制度上の仕組みなど一般的な事項ついての質問がなされ、制度の趣旨と実態の乖離の結果、人権侵害や労働基準破壊また人間信頼の破壊が生じていること、国家間、送出し機関と受入機関、技能実習生とそれぞれの機関等との関係など複雑な契約関係があること、その結果、技能実習生だけでなく受け入れ企業自体もその犠牲となっている面があることなどが説明された。
 鳥井氏のこうした発言を受けて、被害者遺族が「裁判を通じ、制度のずさんさも感じた。母は、問題を見て見ぬふりをしてきた国や関係者の犠牲になったと考えている。」(中国新聞H27.2.24) と陳述した。
(2)検察側からの質問に対して
 検察側からは、弁護士側の質問に対して技能実習生問題についての一般論での話はあったがそれが川口水産で実際にあったと確認しているのかといった点に関する質問がされ、一般論であり川口水産に発生している問題に対して回答したものではない。この事件は技能実習生制度の抱える構造的な問題から発生したものである、その問題の中心には技能実習生が感じている精神的なストレスと関係者の上から目線的な対応とコンプライアンスの問題がある。

【感想】
 この事件がどのようなものであったのかは当然のことながら、むしろこの事件が技能実習生制度の問題とどのような関連性が見出されるかの方に関心を持って傍聴に行っていましたが直接的な原因としては関係が無いこと、また鑑定医の話を聞いて犯行が精神疾患によるものでない事も納得できました。ただ言語性IQ(境界域)と動作性IQ(経度発達遅滞)の乖離により、周りの人からは仕事の段取りが悪く改善しようともしないと感じられていたことからくる問題、来日前から引きずっていた様々な心の問題などがその他諸々のストレスと伴に醸成され自分でもわからないまま爆発させた事件だった。また技能実習生制度が孕んでいる様々な問題は一つ一つを見れば我慢が出来ないものでもないでしょう。ただガス抜きをする術もなく、すべてのストレスを腹にため続けていき、本人の精神的な弱さと結びつけばこうした事件がこれからも発生すると考えざるを得ないと言うのが傍聴しての感想でした。
 この制度の生み出す様々な問題は、権利の侵害、労基法違反と大上段に振りかざす問題と言うよりは些細な問題であり、多くは本人たち以外には感じることもできない問題です。私たちが知ったとしても表だって取り上げるのは難しいのではないでしょうか。賃金未払や強制帰国などの重大な案件に付随して改善要望する程度の問題といえます。川口水産ではどうだったか確認が取れていませんが水産業では会社と労働組合がユニオンショップ協定を締結して労働組合への加入が義務付けられているようです。毎月3,000円の組合会費が徴収されます。もしそうでありこの労働組合が通常の活動を行なっていれば今回の事件は防げたのではないかと思えてなりません。労働組合に加入するとすれば、来日後の座学期間中に労働組合から組合の法的位置づけや問題発生時の連絡方法などの説明がなされる必要があるはずです。また今回の様な移籍の問題があれば当然協議事項になるはずです。組合が存在すれば、パソコンや携帯所持の禁止、教会に行くことの禁止、外出禁止、文化の違いによる悪意のないストレス、住環境と家賃への不満、資格外研修の問題などの些細な問題の解決に向けての交渉も可能となりますし、それ以上に母国語で気を許して相談できる場の確保が可能になり、様々な問題の改善は難しいとしてもその悩みを聞いて会社と交渉も可能であることが確認できることは大きな心の支えになるはずです。もし、労働組合に加入していたのであれば、これを隠ぺいした協同組合と会社そして何らのアクションも起さなかった労働組合の罪は小さくはないと考えます。
 こうした問題と伴に、発達遅滞の人や中学での勉強についてゆけず卒業証書を購入せざるを得ない人、水産業の経験が無いのに送出し機関が用意した原稿を丸写するような人を技能実習生として送出し、受け入れる体制自体に問題があるはずです。関係者全員が建て前と金儲けと言う本音の世界で動いているため技能実習生は札束にしか見えていないとしか考えようがありません。第一次受入機関である協同組合がしっかりとその責任を果たせばさまざまな問題は発生しないはずです。ここの協同組合は始業と終業時刻が全く違う契約書を作成しいたことが川口社長の妻の証言から明らかになっていますし、残業時間に関しては明らかに労基法を無視した指導をしながら嘘の証言をしていました。自分の利益を生み出す制度を大切にするのでなく自らが自らのクビを締めているといった状況が明らかになりました。この殺傷事件の原因は被告自身分からない心の中のブラックボックスの問題として明らかにはなりませんでしたが、関係者全員が飴にもなれば鞭にもなるこの制度の被害者であったことは確かだといえます。