江田島市中国人技能実習生殺人事件をめぐって
(平成25年3月14日)



 この事件を聞いて、すぐに木更津での事件と熊本でも中国人研修生が起こした殺人事件が思い浮かびました。フィリピン人の技能実習生の問題に関係するうちにこの制度の問題点も見えて来ました。中国人技能実習生の問題は間接的に数件接しただけですが、フィリピン人との国民性の違いなどを感じることが出来ました。最近はカキ養殖関連の水産業で働く日系フィリピン人からの相談でさまざまな問題があることも分かってきました。そうした中で、自分の住んでいる近くで発生したこの事件の新聞報道を見ているうちにいろいろ疑問に思うところもあります。そうした疑問がこの事件に直接関係があるのかどうかは全く分かりません。しかし技能実習制度の抱える矛盾の中で圧し潰されかかっている技能実習生の心の中には言葉では言い表せない不満のマグマが存在しています。
 木更津での事件を取材し、「外国人研修生殺人事件」を著わせられた安田浩一氏は、「木更津事件――それを単なる殺人事件として片づけるわけにはいかない。不幸にも1人の人間が亡くなり、さらに1人の人減が破滅に導かれただけではなく、この事件は研修制度の闇と綻びの一端を、世間に知らしめることにもなった。」(木更津事件「1人の若者の未来を奪った研修制度」安田浩一「外国人研修生時給300円の労働者2」)と書かれています。今後の捜査を待たなければ何とも言えませんが、原因は「日頃の叱責に対しての経営者への恨み」と一言で済まされてしまうかもしれませんが、言葉では言い表せない様々な技能実習生が共通に抱える問題を見過ごすことはできません。これまでの経験を通して各新聞社の報道記事からもう少し詳しく知りたいと思う点等を列挙してみました。
【技能実習生制度上の疑問】
(1)過去の殺人事件との共通項

 木更津の技能実習生は養豚業、熊本は農業そして今回は水産業で、いずれも労働基準法第41条の労働時間や休日の適用除外に該当する職種です。平たく言うと休日を与えなくていい、割増賃金は支払わなくてもいいという職種で、ひところ世間を賑わせた名ばかり管理職と同じ立場にあります。技能実習生の場合、適用除外に該当しない労働契約が結ばれていると思いますが実態はどうだったのでしょうか。
 技能実習生と適用除外については「えくれしあ116号_技能実習生と労働基準法第41条の「適用除外」との関係」を参照ください
(2)9月に雇い入れていることについて
 技能実習生は、技能実習計画書に従って研修に従事し、途中で会社を変わることはありませんので、9月ごろ以前の研修先に何かトラブルがあったのではないかと推測されます。職業選択の自由がなく、会社や協同組合の指示に従わざるを得ない技能実習生にとってこのあたりの問題(年次有給休暇が引き継がれない等)はかなり大きな重圧となっていたと考えられます。この件については、外国人を不法就労させたことで社長が逮捕されたためとの情報もあります。
(3)中国人技能実習生が一人しかいなかったことについて
 この制度では50人以下の事業所の場合1年に3名まで受け入れが可能です。また以前は中国人の技能実習生を受け入れており、そのためには中国に出向いて面接するなど力を入れていたとのことです。技能実習生は継続的に必要な労働力であったと考えられますがどのような理由で受入を中止したのか。なぜ中途半端な形で受け入れたのか。
(4)住居について
 これまで技能実習生から話を聞いていると住宅や家賃についての不満が例外なく出てきます。家賃が高い、狭い、汚いなどの問題です。狭い部屋に数名が押し込まれ、全員の家賃を合計すると本来の家賃の倍になったという例もありますし、劣悪な住宅も少なくありません。加害者は作業場の2階に住んでいましたが、どのような環境だったのでしょうか。部屋の広さ、暖房設備、トイレやお風呂の設備など完備していたのでしょうか。職場の二階ではゆっくり休養することもできなかったのではないでしょうか
(5)この制度について同業者のコメント
a 「他の経営者が大声で怒鳴る姿も目立つ。悩む実習生もいるだろう。」(呉市60代の生産者女性)
 仕事熱心のあまり大声や罵声が飛ぶこともあるでしょう。筏での作業となればカキのついたワイヤーを巻き上げ、切断してカキを回収するため当然危険も伴います。このコメントはこうしたことを指しているのでは無いでしょう。「会社関係者らによると川口さんから仕事上のことで日常的に叱られていた」との記事もあります。
b 「技術の習得が本来の目的だが、経営者も技能実習生も出稼ぎ感覚でとらえている面がある」(草津港の水産会社社長(63))
 この制度自体が「建前と本音」で運営されており、本音は低賃金労働者の導入であり、出稼ぎということになります。労働契約や労働法を順守して受け入れている会社も少なくはありませんが、使い捨てできる低賃金労働者との感覚がないとは言えないと考えられます。そうであれば当然待遇や言動に表れてくるのではないでしょうか。期間は3年ないし今回の様に1年と限られているため、技能実習生達の賃金に対する見方は私たちと比べられないほど関心が高いと言わざるを得ません。母国に借金した保証金を積んできている中国人の場合はこの意識は高いといえます。
【労働条件への疑問】
(1)労働時間に対する賃金の支払いは正確だったか

 労働条件について新聞報道では何もわからないのですが、労働時間と休日についての報道はありました。同じ協同組合が送り込んでいる他のカキ養殖業者(A社)と同様だろうと考えられますので参考にしながら見ていきます。
 労働時間は、午前5時半ごろ〜午後4時半ごろまで、休日は日曜日のみとの報道でした。終業時間は5時の報道もありましたが、A社の例と同様とすると4時半だったと考えられます。A社の昼休みは12時から30分しかありませんでしたので、1日10時間30分労働となります。1週間で63時間、4週で252時間労働となります。1週間23時間の残業、4週間で92時間の残業です。時給として、現在の最低賃金で計算すると、次の賃金になります。
  160時間(40h×4週)×719円=115,040円・・基本給
   92時間×719円×1.25=  82,685円・・残業代  合計 197,725円
 農業や水産業は労働基準法で適用除外とされていますが、A社の契約書では適用除外でなく通常の賃金計算となっています。カキ養殖では適用除外の技能実習計画書は認められないと考えられます。この会社での賃金計算はどのようになされていたのでしょうか。また賃金明細書を交付していたのでしょうか。
『参考』A社の労働契約書と実態の対比

契 約 書

実 態

契約期間

3年間(2010年10月29日〜2013年9月29日)

労働時間

8時から17時まで

5時30分〜16時30分

休憩時間

60分

30分

休日

日曜日、祝日、??? 合計110日

日曜日のみ

土曜日を休日としておらず、1年単位の変形労働時間制を採用しているらしいが、実態として成立していない。

賃金

時間給700円(最低賃金は契約日の翌日から692円→704円に改訂)
労働日は年間255日2040時間労働で1か月119,000円

労働時間の記録と支給額との差額から見ると16か月間で月平均25.5日稼働38,730円の賃金未払。
賃金明細書を交付していいないため社会保険加入等不明


(2)他のカキ打場の技能実習生の例として、夏場の仕事が少ない時は賃金が3万から4万円程度しかないとの記事
 また他のカキ打場の技能実習生の例として、夏場の仕事が少ない時は賃金が3万から4万円程度しかないとの記事がありました。技能実習計画書でこのような研修が認められているのでしょうか。夏場は生活するだけの賃金も出ないほど労働時間が少ないと労働契約書に書いてあるのでしょうか。労働契約書は1日の所定労働時間と週2回の休日となっているはずです。時間給となっているとしても、1日8時間、1週40時間が所定労働時間となっているはずです。その時間働かせることが出来なければ、休業手当の支払いが必要になります。1年間の研修予定期間の中に休業手当の支払いが前提となっている期間があるとするとそもそも何のための研修かと言わざるを得ません。
【生活上の疑問】
 日本人同僚の話しとして「一人でいることが多く、みんなでお好み焼きを取る時も、1人だけ頼まないこともあった」とあります。これは付き合いが悪いとか打ち解けてこないとかの人格的な問題として私たちは短絡してしまいます。これは私たちの生活レベルを前提として考えることからくる誤解といえます。母国の貨幣価値からすればかなり高額な賃金を得ることが出来ます。そのため「お金を貯めるために出稼ぎに来ている」との意識が非常に強く、極力食事にかかる費用を削っているのが普通です。これは技能実習生に共通する意識であり、彼の場合、特に厳しくしていたと考えられます。それを示す状況として「滞在費をきりつめようと、中国にいる家族に連絡するための携帯電話やパソコンも持っていなかった」との記事もありました。通常は、パソコンで家族や仲間に連絡を取ってストレスの発散がされるはずです。倹約のためなのか、単純にそうした設備がなかったためだったのか、禁止されていたのか。こうした理由から、同僚とはなじみにくいところもあったのかもしれませんが、「「お姉さん方、お早うございます」と、腰を折って深く頭を下げて挨拶してくれた。不満を態度に出したり、怒ったりしたことは見たことがなかった」とのコメントもあるように生真面目な性格だったのかもしれません。パソコンは母国の家族とのコミュニケーションや技能実習生同士の情報交換の道具として有効なものといえますが、一方では、協同組合や会社では問題を起こす元として禁止しているケースもあります。フィリピン人の場合、「教会に行っていけない」との命令もあります。
【家族の様に技能実習生を迎える業者も多い】
 こうした思いを持って技能実習生に接することは問題がないとも言えません。留学生など直接利害関係のない外国人であれば何の問題もないといえても、技能実習生は自分が雇用する労働者であるという二面性を持っているため、このあたりのことがしっかり区別できていれば問題はありません。これまでの経験からこの区別が出来ていないためトラブルが発生するケースもあります。会社との交渉の中で、「食事に連れて行ったり、良くしてやったのに、残業代をなぜ請求してくるのか」と不満を募らせる経営者も少なくありません。お弁当屋さんでの例でみると、ここは一切残業代を支払っていませんでした。いざ残業代の交渉に入ると、食事を食べさせていた、帰宅時には程度の良いお弁当を持たせていたといいます。日本人のパートさんも程度は別としても同様にお弁当を持って帰っていたそうです。彼女たち(フィリピン人)にすると有難迷惑で、口に合わなかったのか食べずに日本人にあげていたといいます。残業代未払の問題になるとこのお弁当代を金額換算して返せと言ってきました。好意を示しているのだから残業代は支払わなくてよいと考え違いしたのかもしれません。技能実習生達は労働契約を結んだ出稼ぎ労働者であるため契約通りに扱うという問題と外国人に対する思いやりとは厳格に区別しなければなりません。今回の事件の報道を見ても「食事に招いた」とか「お米を送ってあげていた」とかの報道もありました。ちなみにお弁当屋さんは研修対象職種に含まれていないため、彼女たちは調査が入ったら「塩辛を造っている」(水産加工食品業は可)と答えるように指示されていたそうです。無事3年間の研修を終えることが出来ましたが、同じ協同組合の友人たちの中には帰国させられた人たちもいました。
【経営者に対する恨み】
 仕事への取り組みについては経営者と労働者では見方が違って当然でしょう。同じ会社の人は、「これまでの中国人実習生よりも作業は遅い印象があるが、やるべきことはきちんとやっていた」と評している一方、被害者は、「「日本人の従業員と同じくらいまじめにはたらいてほしい」と周囲に不満を漏らし、厳しく指導をしていたという」との記事もあります。事件の原因は「経営者への恨み」とされていますが、この恨みとは仕事上の叱責に対するものだけだったのでしょうか。「陳容疑者が川口さんと日常的に言い争う姿を従業員らが目撃。」との記事もありました。一方的に叱られていたのではなく、言い争いがあったとすれば仕事上だけの問題ではなく、賃金や有給休暇等の問題をめぐる諍いがなかったのかと考えてしまいます。いずれにしても警察の取り調べが進むのを待たなければなりませんが、これまで見てきたような問題が直接的な引き金にはならないとしても一口では言い表せない技能実習生制度のもつドロドロとしたマグマは触れられず叱責に対する恨みとして総括されてしまうのでしょう。
【広島県が就労環境調査へ】
 広島県が就労環境調査を実施することとなった背景には、「陳容疑者が重労働に不満を募らせたことが事件の背景とされるためだ。」とあります。重労働が直接の引き金になったのでしょうか。「「本人たちが望むから」(地元の漁業関係者)と、実習生は土曜日も残業扱いで働くことが多く、休みは日曜日だけという。」との記事がありました。この言葉は昔から使われてきています。研修生の時代があったころは所庭の研修時間を超えての研修、要するに残業が禁止されていました。会社は、制度に従って正しいことをやりたいが、本人たちからのたっての希望があったからと合法化し、中国人には300円、フィリピン人は500円の残業代を支払っていました。本人たちにこのあたりのことを聞くと、「残業をしたいですか?」と聞かれたから「したいです。」と答えたといっています。中にはこれも支払ってもらえないケースも存在します。技能実習生達が記録した稼働時間と実際に支払われた賃金との大きな齟齬が見られる場合も少なくはありません。またそれぞれの国の文化によっては人前での大声での叱責はプライドを大きな問題があるとも聞きます。
「カキ養殖を学ぶための研修」や「お金を稼ぐため」との目的意識がはっきりしていれば重労働自体は何ら問題にならないと考えられます。むしろその言葉に隠されている意味は、賃金の支払い年次有給休暇など労働契約が順守されていたのかといった労働問題や住環境等の人権問題としてとらえていかなければあまり意味がないのではないでしょうか。
【日系フィリピン人の問題】
 カキ養殖では技能実習生が中心となっているのは事実でしょうが、日系フィリピン人も多数働いています。あるカキ養殖と加工場を行っている水産会社では40名を超える日系フィリピン人が働いています。江田島、音戸、倉橋や廿日市辺りのカキ養殖の会社で働いていますが、技能実習生よりは問題を多く抱えているといえます。技能実習生はまだ研修制度という枠組みで守られているところがありますが、日系フィリピン人にはそうしたものがないため、社会保険や労働保険は無視されています。国民健康保険への加入等日本での生活するためのアドバイスもされず表に出ることはまずありませんがカキ養殖業に限らず大きな問題として横たわっているので併せて調査してもらいたいものです。