社会人としての取組み 〜 キャリア形成に関して


1.目的意識を持って生活すること
 人間は生まれてから死ぬまで常に意識しているいないにかかわらず、短期的なまたは長期的な目的を持って生活しています。その目的は、人それぞれ違いますし、人生の各段階においても当然に違ってきます。しかし、長期的な展望に立った明確な目的意識を持って生活することによってその人の人生は実り多いものになることは確かだといえます。しかし、人間には持って生まれた能力があるでしょうし、その人に適した分野というのもあるといえます。また、それを達成するために適した環境に身をおいているかどうかといったこともあります。あらゆる分野においてその人なりの限界があることはやむを得ないことといえます。しかし、人間は自己の能力を100%発揮しているかといえばそれは否定せざるを得ません。自分の一日を振り返ってみて無駄に過ごしてしまった時間がどれだけあるか見つめ直してみる必要があります。
 明確な目的を持って生活していても、そのことだけに目を奪われていれば必要な情報を見逃してしまうことになってしまいます。目的に没頭してしまうことなく、「今なすべきこと」、「少し先でなすべきこと」などとのバランス感覚を忘れてはなりません。「灯台下暗し」となってはいけません。現代の社会では小さな共同体の中で完結した自給自足の生活をすることは不可能です。世界中となんらかのかかわりを持って生活せざるを得ない状況にあります。一企業内での仕事にしても企業内の関係にとどまらず、広く社会との関わりの中で成り立っています。身の回りの品物でメイド・イン・ジャパンは意外と少ないのではないでしょうか。こうした社会においては、企業人としても、一個人としても常に自分に関係のある情報を感知するためのアンテナを沢山立てておく必要があります。そのためには、明確な目的意識が必要ですし、会社内の人間関係に止まらず、町内会や趣味を通じての人間関係のネットワ−クを広げていく必要があるといえます。一人でできることは知れています。それよりもそれぞれの専門分野でのエキスパ−トを自分のネットワ−クとして構築しておけばいつでも助けてもらうことができます。当然、相手も同じことを考えますので自分なりの専門分野を持っておかなければなりません。
 人間の能力には限界があるといいましたが、自分ひとりがこの世にいるのではなく同じ人間が沢山います。比較すれば当然順番がつきます。記憶力と理解力に生まれつき優れた人もいます。しかし、それを否定しても何も生まれてきません。能力の問題、財産の問題など挙げれば切りがありません。生まれつき格差があること、また努力をしたかしないかで格差が生じるのは当たり前のことでしょうし、それをあげつらうことは後ろを向いた生活態度でしょうし、天に向かって唾を吐くのと同じだといえます。凡人であっても目的意識を持ち、それに向かってこつこつと進んでいっているうちにその分野でのエキスパ−トとなっている事例には事欠きません。ただ、生まれつき優秀な能力を持っている人と凡人を比較した場合、前者のほうがすさまじい努力をしているのではないでしょうか。一流の学校を出て、一流会社に就職し、成功した人たちは人目につかないところで非常に努力しています。それは人よりは少しでも良いポジションを確保したいという強烈な意識を持っているからでしょう。しかし、それだけでは成功しないといえます。運がなければどうしようもないともいえます。運を引き寄せるのも人間の能力ではないでしょうか。何が運を引き寄せるのかはわかりませんが、明確な目的意識とこれまでの生き様、人生の年輪ではないかと思います。
 人間で確かなことはいつか人生は終わるということだけではないでしょうか。早いか、遅いか分かりませんが、そこに向かって進んでいることは確かです。そのときまでに遣り残したことは沢山あると思います。人間の欲望には限りがありませんから、当然のことで悔やむ必要は無いと思います。ただ、これまで過ごしてきた人生はやり直しが利きませんので、今なにをやらなければならないのかしっかり考えながら生活する必要があります。新約聖書の言葉に、「明日何を着よう、何を食べようかと、なぜ思い煩うのか。明日のことは明日に任せておけばよい。」という言葉があります。今、何をしなければならないのか、今の状況であれば何を真っ先にしなければならないのかを考えるべきで将来発生するかも知れないことに気を取られて無駄な時間をすごす必要はない。「お前にははっきりした目的があるのだろう。」と言われているように聞こえてきます。

2.職場での権利と義務
 私たちが、就職を決めるときには、労働時間、休日そして賃金がもっとも気になるところだと思います。これら以外の労働条件を確認した上で、就職することになります。そのとき、会社側は労働条件を文書にして労働者に渡さなければいけません。こうした労働条件を明確に決めていないと就職した後で、労働時間が違う、賃金が違うなどのトラブルが発生し、言った、聞いていないとの水掛け論になってしまったのでは会社の言い分に我慢して従うか、退職してしまうかしかなくなってしまいます。
 何のトラブルもなく仕事をしている場合であっても、雇用契約に基づいて働いているわけですから、就職時に取り決めた労働条件に基づいて賃金や年休取得などの権利の主張ができると同時に、義務も負っていることを忘れてはいけません。契約という行為は当事者間に権利と義務の関係を発生します。賃金をもらうことに対して労働力を提供する義務を負います。ただ、一方的に労働力を提供するのではなく、そこには一定の守るべきル−ルというものがありますので、これに注意しておかなければ義務違反として、解雇されることもあるでしょうし、場合によっては損害賠償を請求されることもあります。こうした雇用契約に付随する義務には次のようなものがあります。(「人事の法律常識」安西愈著)

1.労働義務
2.業務命令に従う義務
3.職場秩序を守る義務
4.職務専念義務
5.信頼関係を損なわない忠実義務
6.誠実な業務遂行義務
7.職場の人間関係配慮(セクハラ禁止)義務
8.業務促進を図る義務
9.会社の名誉・信用を守る義務
10.兼業禁止義務
11.企業秘密を守る義務
12協力義務

 こうした事項は就業規則の中の「服務規律」としてまとめられています。しかし、「業務命令に従う義務」が規定されているからといって、法律違反を命じられた場合には従う義務はありません。法律の規定が無くても社会的常識に反する場合も同様です。民法第90条は「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は、無効とする。」と規定しています。公序良俗違反と呼ばれる規定です。

3.社会的義務 〜 コンプライアンスの問題
 私たちが社会の中で生活していくためには一定の決まりごとを守る必要があります。家庭には家庭の、会社には会社のル−ルがあります。日本には国が定めた法律があり、国と国との関係においては国際法があります。それぞれの場面に応じたル−ルを守ることによって社会がトラブル無く機能していくことになります。しかし、そうした決まりごとは何らかの問題が発生してからつくられるのが普通ですし、微にいり、細いにいり決めてしまうと、身動きが取れなくなってしまいますし、状況に応じた対応も難しくなりますので大雑把なことしか決められていないといえます。そうしたことからいろいろな通達や解釈が行政から出されることになりますし、裁判の判例を参考にして考えていく必要があります。文章は行間を読めといわれますが、通達や判例などがこの行間に書かれていることと考えていいといえます。しかし、問題が発生した場合それぞれの状況が微妙に違うためどのように行間を読み込んでいくかは日ごろの勉強次第ということになります。
 今、社会はあらゆる分野で凄まじいスピ−ドで進んでいます。当然、法律は社会の進歩のスピ−ドについていくことが出来ないために、あいまいな部分が生じてきます。そうした隙間をついて事業拡大を図る人たちもいます。法律に定められていないから罰則は無いかもしれません。しかし、法律にはそれぞれの法律の理念や目的があります。決められていない部分があればそうした法律の趣旨を考えて行動すべきだといえます。私たちの仲良しグル−プの中でも取り決めごとはないとしてもグル−プの関係を維持するためには暗黙の内の了解事項といったものがあるのではないでしょうか。法律や就業規則、校則、サ−クルの規約などそれぞれのレベルでの決め事があります。しかし、社会生活をする上では、そうした文書として規定する以前の社会的常識なりマナ−やエチケットといわれるものがいろいろあります。何がそれらに当たるのか分かったようで分からないものかもしれません。生活環境によっても違ってくると思います。それぞれの環境の中での人間関係が円滑に行うためのものであるという点では共通しているといえます。こうしたマナ−やエチケットは守るべきものというのではなく、成長していく過程で自然と身に着けていくものだといえます。そうした延長線上に各レベルでの決まりごとがあり、最後に国の決まりごととしての法律があるといえます。社会生活を罰則を持って規制するのが法律ということになります。そうすると当然守らなければならないものということになります。一人ひとりの人間がごく当たり前に考えて行動すればことさらコンプライアンスの問題として取り上げる必要は無いのかもしれません。しかし、現実にビジネスの世界ではこの問題が頻繁に取り上げられています。ビジネスの世界とは労働している現場ということになります。そこで働いている人すべが、個人としての側面と組織に使われている側面とを持って活動しています。個人の論理(マナ−やエチケットの世界)と組織の論理(利益を上げること)のバランスが取れなくなり、組織の論理が優先されるとコンプライアンス違反も辞さないということになってしまいます。しかし法律が絶対的に正しいものではないのも確かです。それでもソクラテスは「悪法も法である。」といって国の命令に従って毒ニンジンの入った酒盃を干してなくなりました。法律で規定していない部分については状況と法の趣旨との相関関係で考えながら対処しなければ千載一遇のビジネスチャンスを潰してしまうことにもなりかねません。

4.ゼネラリストからスペシャリストへ
 先日、「スリ−・ハンドレッド」という映画を見ました、紀元前480年にペルシャがギリシア征服に来たときの一場面を映画にしたものです。これに先立つ10年前にもペルシャはギリシア征服を企て、マラトンの戦いで敗北し、退却しました。この戦いの勝利をアテネに知らせたことを記念して行われているのが42.195kmを走るマラソンです。このときの戦いの主力となったのがアテネを中心とする武装を自弁できる重装歩兵といわれる一般市民階層でした。この映画の主役たち300人はスパルタの重装歩兵でした。この戦いは全員が玉砕しますが、後日、アテネを主力とする海軍がサラミスの海戦で勝利を収めて戦争が終結することになります。
 サラミスの海戦で主力をなしたのは船のこぎ手となった武装自弁できない下層市民階級でした。また、アテネを海軍国としたのは、第1次ペルシャ戦争の後、ペルシャに対抗する手段は陸軍力ではなく、海軍力しかないと説いたテミストクレスの功績といえます。アテネの社会を大きく動かしたのは、時代時代で社会の中核になった人々であり、彼我の勢力、また社会情勢を冷静に分析した結果、最もよい方向に導くことが出来た優れた指導者がいたからだといえます。
 私たちの生きている社会も、私たち一人ひとりの動向によってものの廃りはやりがあります。そうした動向をいち早く把握し、行動しなければ私たちが勤務する企業の継続した発展は出来ないといえます。企業の中を見ると、企画、研究、設計、資材、生産現場、営業、人事、労務、給与、経理、総務といろいろな業務単位があります。事務系の分野では、満遍なく業務を経験することになるといえます。しかし、一部の業務に特化してキャリアを積んでいく人もいます。人間である以上、自分に向いている業務もあれば、そうでない業務もあります。また、現在はそうした分野の業務が無いけれども、関心を持っている分野もあると思います。いろいろなキャリアを積んでいきながら、自分なりに専門分野の知識の研鑽を図ることを忘れてはいけないと思います。経理関係であれば、簿記や税理士の資格、労務給与関係であれば、社会保険労務士の資格、総務関係であれぱ、司法書士、行政書士、宅地建物取引主任などの資格・・。資格取得を目指さないまでも、こうした分野の勉強をし、専門的知識を身につける必要があるのではないでしょうか。
 こうしたことをお医者さんの世界で見ると、病気になった場合、病院にいきます。風邪であればどこの病院でも問題ないかもしれません。しかし、心臓の病気や、甲状腺の病気など専門的な経験を持ったお医者さんにかからなければ的確な治療を受けることが出来ません。そうなるとインタ−ネットや知り合いを通じてそうした専門医を探すことになると思います。専門分野外の先生の治療を受けてまったく見当違いの治療をされたケ−スはいくらでもあります。これと同じで、私たちも自分なりに私の専門はここですといえるだけの知識を持つようにがんばる必要があるといえます。

5.どこでも通用する能力の獲得 〜 資格の取得など
 前項で、自分なりの専門分野の知識を獲得していくことを話しました。同時に、資格取得のことにも触れました。資格取得で注意していただきたいのは、資格マニアにはならないことです。沢山の資格を持つことは悪いことではありません。それなりに知識も広がるといえます。しかし、それはゼネラリストにはなれても、スペシャリストにはなれないことを意味しています。一つの資格を取ったらスペシャリストとして即仕事が出来るかというとそんなことはありません。コンプライアンスのところで話したように、法律は社会の動きの後を追っかけて制定されますし、全ての問題が解決できるように事細かに定められているものでもありません。労使間の問題であれば、それぞれの立場によってものの見方、考え方は異なっていますので、同じ条文を自分に都合がいいように解釈していきます。そこを整理して考えるとなれば判例によらざるを得ない、というように、常に、問題を掘り下げて勉強していくのがスペシャリストといえます。あまりにも、沢山の資格を持っていてもそうした研鑽をしなければ飾りものでしかありません。
 そうは言っても国家資格であれば能力が無くてもそれなりに社会は評価してくれます。たとえば、宅地建物取引主任の資格は、この資格が無ければ不動産関係の事業は行えません。とすれば、不動産関係の仕事の能力が無くても有資格者はその資格のためだけに存在価値があるということもいえます。資格には、このように有資格者がいなければ廃業を余儀なくさせられる資格もあれば、労働保険や社会保険の手続業務のように自社の職員が行う場合は社会保険労務士の資格は必要ありませんが、報酬を得ることを目的として行う場合には、社会保険労務士会に登録している開業社会保険労務士に限られることになります。また、50人以上の事業所では、都道府県労働局長の免許を受けた者を衛生管理者として選任しなければならないものもあります。
 資格には、国家資格、民間団体が認定する資格などさまざまなものがありますので、そのあたりのこと、またどのような目的で取得するのか明確にした上で勉強するのがいいと思います。とりあえず目的が無ければ宅地建物取引主任が手ごろな資格ではないでしょうか。これの延長線上でマンション管理士や業務管理主任者の資格もあります。業務管理主任者の資格は、マンション管理組合からの業務委託を受ける会社で必要な資格で、こうした会社ではこの資格を有する者がいなければ事業を行うことが出来ません。
 資格試験の勉強は、受験専門の学校に通うのも良いかも知れませんが、これはあくまでもペ−スメ−カ−としての役割と、情報交換の場でしかありません。自分でテキストを暗記し、問題を解いて覚えることをしなければ合格はあり得ません。特に、過去5年間の問題を完璧に覚えなければまず合格はないといえます。ただ、模擬テストだけは受けておく必要があります。
 こうした学校で勉強する場合には、雇用保険から教育訓練給付金が支給される講座がありますのでこれを活用することを忘れないでください。
【平成19年10月1日以降】
 雇用保険の被保険者期間が3年以上・・経費の20%以内で、上限10万円(4千円未満不支給)
 ただし、初回に限り、雇用保険の被保険者期間が1年以上あればよいとされています。

6.社外での人脈を広げること
 私たちは、大きく三つの生活を生きていると思います。家庭での生活、会社での生活、家庭や仕事を離れた生活です。これらの中心にあるのがそれぞれの人間関係だといえます。人間が生きていくこと自体人の助けを借りなければなりたちません。また、自分ひとりではごく狭い範囲のことしか出来ないのではないでしょうか。より広い知識を得るために努力をする必要がありますし、そうした努力をしてなければ自分の専門分野においても問題点に気づくことも難しいといえますし、あらゆる情報を感じ取るアンテナの感度を維持することも出来ないといえます。しかし、自分ひとりで出来ることは限られています。そのためにはいつでも力になってくれる友人を沢山持っておく必要があります。当然、相手にとっても自分が必要とされる知識を蓄えておく必要があります。
 会社の中の人間関係を経営学では、仕事に関係する人間関係をフォ−マル・グル−プ、仕事を離れた個人的な人間関係をインフォ−マル・グル−プと呼んでいます。会社という組織の中での人間関係ですから、いろいろなしがらみがあることも知っておかなければなりません。
 一方、会社も家庭も離れた中で築き上げられる人間関係は会社の肩書きも地位も年齢も関係なく、気が合うか合わないかといった人間性だけの関係となってきます。こうした関係は、友人を通じても広がりますが、積極的に勉強会、サ−クル活動、また異業種交流会等に参加することも必要となります。特に、趣味のサ−クルへの参加が一番良いのではないかと思います。私自身テニスのサ−クルにいますが、銀行、商社、生保、電気メ−カ−、医療関係者、学校の先生などいろいろな職種、年齢の方がいました。当然、転勤や結婚で広島を離れていく人も少なくないので、何もしなくても全国に仲間のネットワ−クが広がっていきます。こうした幅広い人間関係を築くには仕事上だけでは不可能だろうと思いますし、より深い付き合いは望めないのではないでしょうか。いろいろな情報をもらえるのも、経験をさせてもらえるのもこうしたサ−クル活動があるからだといえます。
 ボランティア活動を通じてこうしたネットワ−クが出来上がる経過を報告している本がありますので参考にしてください。
 ボランティア〜もう一つの情報社会 金子 郁容著 岩波新書  780円

7.事例紹介
 現在では、一つの会社に定年まで勤務するという考え方は少なくなってきていると言われています。確かに、派遣・パ−ト、個人事業を始める人は増えてきています。多様な働き方があるといえますが、経済不況、工場の海外移転などの結果、新卒として就職できなかったためや、リストラにあったなどそれぞれの事情があります。一方では、インタ−ネット関連、パソコンのシステム開発などの経験を積んで、積極的に起業していく人も増えています。しかし、大多数の人は定年まで勤めるのではないでしょうか。大企業に就職したからといって、産業構造の変化によってはリストラも当然視野に入れておかなければなりません。そのためには、先にも述べたようにスペシャリストとして認められるだけの研鑽が必要ということになります。さらに、その知識は、勤務している会社にだけ通用するものであってはいけません。どこでも通用するように幅広い知識である必要があります。
 ここに挙げたいくつかの本を参考にして「働くということ」を自分なりに考えていただきたいと思います。
「50歳からの定年準備」   川村幹夫著  角川oneテ−マ21 705円

 今、80歳を越えるまで生きなければならない時代となっています。80年間をいかに有効に生きるか。充実した人生を送るためには、4つの期間を設定してみてはどうかと考えています。  基礎的な勉強する期間(20歳代前半)
 会社に勤務し知識を蓄える期間(20歳代半ば前後〜50歳代前半)
 自分の得意分野で仕事をする期間(70歳前後まで)
 仕事を離れ人生を楽しむ期間(70歳前後から)
 一番問題となるのは、「自分の得意分野で仕事をする期間」となります。60歳前後で仕事生活を終わってしまうのは早すぎると思います。50歳を目途に専門的知識を蓄え、自分のやりたい仕事を起こすか、転職するかを視野に入れた人生設計を検討しておく価値はあるといえます。
 この本では、人生を次の3つの時代にわけ、それぞれ次の時代に向けた人生設計を説明しています。
 雇用定年・・・会社に勤めている期間
 仕事定年・・・会社定年後の自分のやりたい仕事をやる期間
 人生定年・・・仕事定年を終わり死ぬまでの期間

「奇跡を起こした村のはなし」 吉岡忍著   ちくまプリマ−新書 760円
 新潟県の山間部にある黒川村(元胎内市)で、1955年から2003年まで、31歳から79歳まで村長を務め、なんの産業もない村の振興対策として、スキ−場開設、畜産団地、乳牛の飼育、チ−ズ造り、ニジマスの養殖に地ビ−ルそしてホテルの経営と全て村営として相互関連をもった施設をつくりあげていく様子が描かれています。職員の4分の1が1年の海外派遣経験者という地方自治体としては考えられない活動を行っています。長期的展望に立った指導者と経験が無くても、年齢が若くてもやる気を引き出すことの必要性の大切さを教えてくれます。

「サ−ビスの天才たち」    野地秩嘉著  新潮新書 680円
 散髪屋さん、キャディ−、温泉カメラマン、タクシ−運転手など6人と種牛一頭の仕事に対する思いを取り上げています。短い時間人と接し、自己主張することも無く、心地よいサ−ビスを提供する方法をそれぞれ独自の域に達している人たちの日ごろの努力を紹介しています。仕事をする上においての心の持ち方として学ぶものが多いといえます。

「宿澤博朗・運を支配した男」 加藤 仁著  講談社 1600円
 早稲田大学ラグビ−部の選手として学生チ−ムとして日本選手権で2連覇し、卒業後は全日本チ−ムの監督としてスコットランド戦での勝利そして銀行マンとして頭取目前にして55歳で亡くなった宿澤博朗についてかかれたものです。人並み優れた人は凡人にはまねの出来ない努力をしています。しかし、そうした努力を見ずに、運動神経が優れている、頭が良いと簡単に言ってしまいますが、一人の生き様を通して自分を見直してみるのも良いのではないでしょうか。

「リストラ企業家物語」    風樹 茂著  角川oneテ−マ21 705円
 ひところ吹き荒れたリストラの嵐も収まったようですが、そうした時代にリストラを乗り越えて起業した人たち8人について報告されています。会社に勤めること、起業すること、仕事に対する取り組みなど、ここに上げられている人たちは自分のやるべきことが明確にあったと思います。リストラを契機としてそれに向かって進んでいったといって良いかもしれません。仕事をする上で自分のスタンスというか、軸足をしっかりさせて置かなければならないということかもしれません。

「キャリア転機の戦略論」   榊原清則著  ちくま新書 700円
 この本は、上記のものとは異なって、著者がイギリスのロンドン大学のビジネススク−ルの教員時代に調査したものを、キャリア初期(20代から30代前半)、キャリア中期(30代半ばから40歳代)、キャリア後期(50)歳以上それぞれ数名の学生にインタビュ−したものを紹介しています。大学院の学生ですからかなり能力の高い人々ですが、MBAの資格取得により自分の労働力としての価値を高める努力をしている様子を報告しています。