うつ病で派遣社員自殺〜派遣先にも責任


うつ病で派遣社員自殺〜派遣先にも責任

 うつ病で派遣社員自殺〜派遣先にも責任  光学機器大手の「ニコン」(東京都千代田区)の工場に派遣されて働いていた業務請負会社「ネクスタ−」(名古屋市、現アテスト)の男性社員の自殺を巡り、母親が、「昼夜2交代の勤務でうつ病となり、自殺した」として、両社に計約1億4500万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が31日、東京地裁であった。柴田俊文裁判長は「実際に働かせていたニコンにも、直接雇用していたネクスタ−にも、同等の責任がある」と述べ、両社に計約2500万円を支払うよう命じた。
 原告側の弁護士によると、派遣された社員の過労による健康被害を巡る訴訟で、派遣先企業の責任を認めた判決は初めて。
 原告は、岩手県一関市の自営業・上段のり子さん(56)。判決によると、二男の勇士さん(当時23歳)は1997年10月にネクスタ−に入社し、ニコンの工場に派遣されて働いていた。勤務は午前8時半から午後7時半までの「昼勤」と午後8時半から午前7時半までの「夜勤」にも残業も加わり、多い月で約250時間に及んだ。勇士さんはうつ病となり、99年3月に自殺した。
 判決は、昼夜2交代制が精神的にも肉体的にも通常以上の負担を与え、自殺の原因になったと認定。その上で、実際の業務上の指示を出していたニコンについて、「派遣された社員の健康状態への配慮を怠った」と指摘した。また、ネクスタ−も、ニコンから報告を受けて労働時間を把握するだけで、安全配慮義務に違反したと判断した。
       

(読売新聞H17.4.1)


 簡単に言ってしまえば、「派遣社員が過酷な労働からうつ病に罹り、自殺した。この自殺に関して派遣元及び派遣先ともに安全配慮義務違反が問われ損害賠償することになった。」といえます。新聞記事として流してしまうならそれでもいいでしょうが、労働の法律の観点から細かく検討していけばいくつかの問題点が浮かびあがってきますので、検討してみます。


1.労働者派遣事業と請負事業
 労働者の派遣が全ての業種に対して出来るかというとそうではなく、建設業務、警備の業務、医師の業務などは派遣が禁止されています。製造業についても派遣は禁止されていましたが、平成16年3月1日から派遣が可能となった経緯があります。この記事では、派遣社員を派遣していたのは業務請負会社となっており、事故が発生したのも平成11年(1999年)ですから、製造業への派遣は出来ない時代でした。こうした文言の違和感は、請負事業者が製造業への派遣事業が禁止されているにもかかわらず請負の形態をとりながら、実質は派遣事業であったことを表現しているのではないかと思います。事実、実際の業務上の指示を出していたのは派遣先のニコンとなっていますから請負を偽装した派遣事業であったと考えられます。そのため、この三社の関係を請負ではなく、派遣として派遣先及び派遣元ともに安全管理義務違反があったとして損害賠償責任を求めたものといえます。

 派遣とは、派遣元が雇用している労働者を派遣先の使用者の指揮命令下において、派遣先の命じる業務に従わせる雇用形態であり、一方、請負とは、発注先との請負契約に基づき請負元が自ら雇用している労働者を指揮命令して契約業務を完成させるものといえます。法律的には、派遣は、「派遣労働者法」に基づいて派遣元、派遣先そして派遣労働者の関係が明確に定められていますが、請負は、民法第632条「請負は当事者の一方が或る仕事を完成することを約し、相手方が其の仕事の結果に対して之に報酬を与うることを約するに因りて其の効力を生ず。」に基づいています。

 請負では、発注先と労働者との関係はありませんので、請負者と労働者間での通常の雇用関係があるだけのことになります。しかし、派遣となると、雇用関係と指揮命令関係が分離してしまうので、難しい問題が発生してきます。事故が発生すれば、当然、派遣元の労災保険を使用することになりますが、安全配慮義務・損害賠償義務などが問題となれば、基本的には、直接労働者を指揮命令し、業務関連の機器・設備の管理責任を持つ派遣先の責任となります。安全教育についても、一般的な部分については、派遣元に、業務に付随する特別な教育は派遣先に、健康管理面では、定期健康診断は派遣元に、安全衛生法で定める有害物質等を扱う場所における特殊健康診断については派遣先の責任において行うことになります。(注1)また、時間外労働・休日労働の命令権は、派遣先の使用者の権限となるので、当然過重労働なるか否かの責任を伴うことになります。この結果発生する割増賃金の支払については、賃金を支払う派遣元が負担することになります。(注2)

(注1) 派遣法第45条は、「労働者がその事業における派遣就業のために派遣されている派遣先の事業に関しては、当該派遣先の事業を行う者を当該派遣中の労働者を使用する事業者と、当該派遣中の労働者を当該派遣先の事業を行う者に使用される労働者とみなして」います。さらに、派遣元に対しては「当該派遣元の事業の事業者は当該派遣中の労働者を使用しないものと、当該派遣中の労働者は当該派遣元の事業の事業者に使用されないものとみなす。」としています。
(注2)「派遣中の労働者について、法定時間外労働等を行わせるのは派遣先の使用者であり、派遣先の使用者が派遣中の労働者に法定時間外労働等を行わせた場合に、派遣元の使用者が割増賃金の支払義務を負うことになる。この割増賃金の支払は、派遣中の労働者に法定労働時間外等を行わせたという事実があれば法律上生じる義務であり、当該派遣中の労働者に法定時間外労働等を行わせることが労働基準法違反であるかどうか、又は労働者派遣契約上派遣先の使用者に法定時間外労働等を行わせる権限があるかどうかを問わないものであること。」(昭61.6.6 基発333号)
(参考) わが国の労働者の就業形態を見ると、15年度の統計では、正社員の割合が65.4%で、非正社員が34.6%であり、全労働者のうちパ−トの割合が23%、派遣労働者の割合は2%となっています。派遣労働者の年齢構成を見ると25歳から34歳が51.9%を占めています。こうした社会情勢を踏まえ、昭和60年に「派遣労働者法」が制定され、これ以後派遣労働者の労働条件の整備がされてきています。


2.労働時間・休日・休暇・休憩に関する事項
  労働時間等この標題として掲げている事項には一定の法的規制をしておかないと奴隷と同じで死ぬまで働かせられるという事態も発生しかねませんし、労働者の健康管理・家庭生活また社会生活を行う上で問題が発生することになるため労動基準法で最低条件が定められています。

就職するとき労働契約を交わします。この労働契約書に記載すべき内容(注1)は労働基準法(第15条)に定められており、労働基準監督署にいけば「労働条件通知書」という形にまとめた様式をもらうことが出来ます。労働時間、休日、休暇そして休憩時間については必ず明記する事項となっています。当然その前提として就業規則等に定められている必要があります。

労働時間については、原則として1日8時間、1週40時間が法定労働時間とされ、これを超える労働時間については割増賃金を支払う必要があります。さらに、労働契約書には所定労働時間を超えての労働があるか否かを明記しておかなければならず、その場合、法定労働時間を超える場合には、労働組合または従業員代表と三六協定を締結し、所定の届書を労働基準監督署に提出しておかなければ、時間外労働をさせた事業主には罰則(6ヶ月以下の懲役又は30万円以下の罰金)が課されることになります。

 休日については、原則1週間に1回ですが、業務形態によっては4週間に4回与えるという方法を採用することも出来ます。この制度を導入する場合には、就業規則に起算日を明記しておく必要があります。休日というと日曜祝日は当然休みと考える方もいるかもしれませんが、労働基準法では休みにする必要はなく、事業所が指定した日を休日として扱います。何時を休日とするかは、普通は就業規則で定められています。業務の都合で休日に出勤させた場合には、割増賃金を支払うことになりますが、割増賃金を支払いたくないのであれば、就業規則に休日振替の規定を設け、休日出勤の必要があれば事前に休日とする日を指定する方法です。この場合、本来休日であった日の属する週に振り返るのであれば問題はありませんが、異なる週に振り替えたならば、休日出勤となった週の労働時間の合計が40時間を超えるようであれば割増賃金を支払わなければなりません。同じようなものに代休というものがあります。これは、事後に休日出勤した日の替わりに任意の日を休みとして与えるものですが、休日出勤の日については割増賃金を支払う必要があり、代休とした日については、賃金を支払うかどうかは就業規則等で定めることになります。

 休暇については、労働基準法で定めるもの、他の法律で定めるもの、そして事業所独自に定めるものに大別できます。労働基準法関係では、年次有給休暇、公民権行使時の休暇、育児時間、生理休暇等があります。他の法律では育児介護休業法によるもの、母子保健法によるものなどがあります。

 休憩については、労働基準法第35条に「使用者は、労働時間が六時間を超える場合においては少くとも四十五分、八時間を超える場合においては少くとも一時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない。」この休憩については、原則一斉に与えなければなりませんし、自由に利用させなければなりません。

(注1) 明示すべき事項(規則第5条)

  第五条 使用者が法第十五条第一項前段の規定により労働者に対して明示しなければならない労働条件は、次に掲げるものとする。ただし、第四号の二から第十一号までに掲げる事項については、使用者がこれらに関する定めをしない場合においては、この限りでない。
 一 労働契約の期間に関する事項
 一の二 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
 二 始業及び終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇並びに労働者を二組以上に分けて就業させる場合における就業時転換に関する事項
  三 賃金(退職手当及び第五号に規定する賃金を除く。以下この号において同じ。)の決定、計算及び支払の方法、賃金の締切り及び支払の時期並びに昇給に関する事項
 四 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)
 四の二 退職手当の定めが適用される労働者の範囲、退職手当の決定、計算及び支払の方法並びに退職手当の支払の時期に関する事項
 五 臨時に支払われる賃金(退職手当を除く。)、賞与及び第八条各号に掲げる賃金並びに最低賃金額に関する事項
 六 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項
 七 安全及び衛生に関する事項
 八 職業訓練に関する事項
 九 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項
 十 表彰及び制裁に関する事項
 十一 休職に関する事項

(注) 青字は必ず記載しなければならない項目。

3.交代制勤務・変形労働時間制
 この会社では2交代制をとつており、朝晩8時30分から7時30分の二交代制をとっているとのことですが、単純に考えれば、休憩1時間とすれば、2時間は時間外であったのか、それとも変形労働時間制を取り入れていたのかはよく分かりません。

 ここでは、変形労働時間制を簡単に紹介しておきます。変形労働時間制とは、繁忙期と閑散期が一定の時期に集中したり、仕事の状況によっては突然繁忙期に入ってしまうなどのため、1日8時間1週40時間の法定労働時間の制限に係わらず一定の期間内を平均して1週の労働時間を40時間以内に収めようとするものです。下記に示した1日、1週間の上限時間を超えた部分が割増賃金の対象となります。

1.1ヶ月単位の変形労働時間制
 1日また1週間の労働時間の上限は撤廃され、1ヶ月の労働時間を平均して40時間以内に収めれば良しとするものです。

2.1年単位の変形労働時間制
 労働時間の上限を1日の10時間、1週の上限を52時間とし、1年間の労働時間を平均して40時間以内に収めようとするものです。

3.1週間単位のの変形労働時間制
 これは、30人未満の、小売業、旅館、料理・飲食店に限り、1日の労働時間の上限を10時間までとし、1週間を40時間以内に収めようとするものです。

4.フレックスタイム制
 1ヶ月以内の一定期間の総労働時間を定め、労働者が其の範囲内で自分の都合に合わせて始業と就業時刻を選択して働こうとする制度です。全てを労働者の自由に任せる場合と、決められた時間は勤務していなければならないとするものとがあります。この決められた時間をコアタイムと呼び、労働者の自由に任せられる部分をフレキシブルタイムと呼んでいます。


4.残業に関する事項
  先に法定労働時間は1日8時間、1週40時間と述べましたが、これを超えた時間が残業代としての割増賃金を請求できる時間となります。しかし、就業規則が定める始業時間、終業時間、休憩時間で計算した労働時間がこの法定労働時間と必ずしも同じにはならない場合も多いと思います。各事業所がそれぞれ定めた労働時間を所定労働時間と呼びます。所定労働時間が、法定労働時間より少ない場合には、割増賃金を計算するのは所定労働時間を超えたときからなのか、それとも法定労働時間を超えたときからなのかという問題が発生します。このため「所定労働時間を超えたときには割増賃金を支払う。」または「法定労働時間を超えたときには割増賃金を支払う。」と就業規則に定めておく必要があります。  また、休日労働に対する割増賃金についても、法定休日は1週に1日ですから、これを越えた休日に勤務した場合には、休日割増率を使用するのか、時間外割増率を使用するのかも定めておく必要があります。

 割増賃金の率については次のようになります。 
時間外労働割増賃金 25%以上 法定労働時間または所定労働時間を超えたときのいずれか?
休日労働割増賃金 35%以上 法定休日のみか、全ての休日を対象とするのか?
深夜労働割増賃金 25%以上 午後10時から翌朝の5時までが対象
※管理職についても対象となります。

6.安全配慮義務・損害賠償請求の問題
 就職するということは、先にも触れたように労働契約を交わすということですから、事業主また労働者双方に権利義務関係が発生してきます。直接的には、労働の提供と賃金の支払ということになりますし、そこから派生して、勤勉に仕事に励むことや仕事に対する知識を豊かにすることまた業務の改善を工夫することなども労働者の義務となるといえます。当然それに対して事業主は安全かつ効率的に仕事が行えるように機械を導入整備するとともに、作業環境、労働者の健康管理についても責任を負うことになります。

 この事件も派遣先も派遣元も伴に労働者の健康管理に手落ちがあったとして安全配慮義務違反に問われ損害賠償することになりました。原告は、損害賠償を求めて訴訟を起こしていますが、こうした訴訟は損害賠償が目的というよりは、その前提としての会社の安全配慮義務違反、要するに故人が仕事に必死に取り組んでいたにもかかわらず、それを評価しない、また、病気になり、自殺した事実を会社の責任とはしたくないことによる家族に対する対応の仕方に問題がある例が多いのではないでしょうか。

 損害賠償請求については、事業主また労働者ともに法令規則等を守り、誠意をもってそれぞれの権利義務を守るという関係に入っていますから、こうした違反があれば双方ともに相手に損害賠償請求をおこすことが出来ます。労働者が信号無視して事故を起こした場合で考えて見ます。当然、会社には使用者責任があり、被害者と会社との間で話し合いのうえ示談ということになります。会社は、業務遂行に当たってこの損害額を事故を起こした労働者に「誠実に業務遂行しなかった」として損害賠償することもあるでしょう。しかし、会社には、車に乗る労働者に対しては、当然、交通安全教育をする義務を負っています。ましてや、「彼は平素から信号無視を繰り返している。」との噂を聞きながらなんらの注意もしておらず、入社以来交通安全教育を一切していなければさらに問題は大きくなります。裁判になれば、その当たりのことが争点となり、総合的に勘案されこの事故に対する事業主と労働者の責任割合を出し、損害賠償額が決定されることになります。

7.過労死・精神疾患と労働災害の問題
 この事例は、うつ病による自殺に対する労災保険の申請が認められなかったことに対する訴訟ではなく、子供の自殺に対する使用者の安全配慮義務違反に対する損害賠償請求としての訴訟ですから、労災保険の適用がどうなっているのかまでは分かりません。普通、労災保険の適用を受ける、すなわち業務上災害として認められるためには、業務遂行性と業務起因性の二つの要件を満たす必要があります。しかし、この例のような過労死関係のことになると、業務起因性は当然のこととしても、使用者の支配下また管理化にあったか否かという業務遂行性の面を取り上げると問題点にずれが生じることとなるので厚生労働省では過労死関係の基準を定めているので、これを基に判断していくことになります。これには、脳・心臓疾患によるものと精神疾患によるものとがあります。精神疾患関係を見ると「労災請求事案ごとに、発病前おおむね六か月の間に、当該精神障害の発病に関与したと考えられる業務による出来事としてどのような出来事があったのかを具体的に把握」するとされており、判断基準の重要な要素のうちに 「仕事の量(労働時間等)の変化」や「仕事の質の変化」があげられています。脳・心臓疾患系の過労死にしても過去1ヶ月ないし6ヶ月間の過重労働が問題とされます。

 労災保険が認められた場合の給付をみると、遺族補償給付が支給されることになります。家族の状況に応じて遺族補償年金(家族の状況により給付日額の153日分以上)か遺族補償一時金(給付日額の1000日分) と葬祭料(給付基礎日額の60日分以上)が給付されることになります。さらに、遺族特別支給金として300万円支給されます。