介護必要 転勤命令は無効


 介護必要 転勤命令は無効   判決も仮処分支持

   総合食品「ネスレジャパンホ−ルデイングス」(本社・茨城県)の姫路工場(兵庫県香寺町)の男性社員2人が、家族の介護などを理由に、他県への配置転換命令無効の確認を求めた訴訟の判決が9日、神戸地裁姫路支部であり、松本哲泓裁判長は「配転によって受ける不利益は通常の程度を著しく超えるもの」として、無効を認める判決を言い渡した。代理人の弁護士によると、介護が理由の無効確認は珍しいという。
 訴えていたのは、同県姫路市の55歳と香寺町の49歳の男性社員。
 判決などによると、同社は姫路工場の効率化を図るため、2003年5月、2人に対し茨城県内の工場への転勤などを命じた。しかし2人は、介護が必要な高齢の母や病気の妻と同居しており、「家族一緒の転居も単身赴任も困難」として配転命令の無効を求め、同支部に仮処分を申請。同支部は同年11月、無効を認める決定をした。しかし会社側が応じなかったため、同月に提訴していた。
 判決で松本裁判長は「家族は原告の協力を必要としており、転勤となれば治療に影響があり、配点命令権の乱用にあたる」と指摘。
 判決後、2人の男性社員は「介護で眠ることができない日もあった。家族の事情が認められた判決に感謝している」と話した。
 ネスレジャパングル−プ広報室は「判決文を見ていないのでコメントできない」としている。
 

(読売新聞)

  【概略】
 この記事は、介護が必要な高齢の母や病気の妻と同居し、家族一緒の転居も単身赴任も困難な状況にあるとする者の転勤拒否を正当な理由があるとして会社の転勤命令を配転命令権の乱用とした判決です。
 この問題を考える場合、まず労働契約はどうなっていたのか、また就業規則はどのような規定となっているのかを考える必要があります。しかし転勤を前提とした労働契約を結んでいれば無条件に転勤に応じなければならないのかとの問題も生じてきますし、拒否をした場合には、懲戒規定の定めによって解雇もありえるのかといった問題もあります。また労働組合があれば労働組合との間での労働契約との関係や労働組合の役員の転勤はどうなのかなどいろいろな問題が出てきます。ここでは労働組合の問題には触れないことにします。

【労働契約】
 まず、労働契約について労働基準法はどのように定めているのかということを見ていきます。
労働基準法では第2章を労働契約に関する事項、労働契約の期間、労働契約で明示しなければいけない事項、解雇の問題等を定めています。今問題となるのは、第15条の労働条件の明示となります。

(労働条件の明示)

  第15条 使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。
 前項の規定によって明示された労働条件が事実と相違する場合においては、労働者は、即時に労働契約を解除することができる。
 前項の場合、就業のために住居を変更した労働者が、契約解除の日から14日以内に帰郷する場合においては、使用者は、必要な旅費を負担しなければならない。


   労働基準法は上記のように定めていますが、明示すべき詳細は施行規則に記載されており、その中に、「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項」があります。就職先を決める場合、仕事をする場所がどこかは大きな問題があります。東京や大阪などの大都会でないといけないとか、広島で就職したいとかあると思います。しかし、全国展開している会社に就職すれば、いつかは他の支店等に転勤ということもありますし、広島に本社がある数人の会社に就職したが、全国展開するほどに業績が上がってくれば当然転勤もやむを得ないもの理解されると思います。労働契約に記載される就業の場所は、最初に勤務する場所が記載されているに過ぎず、未来永劫それに限定するものではないものと理解されています。厚生労働省も次のような通達を出しています。
 法15条 労働条件の明示として「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項」を定める旨定められているが、これについては、「雇い入れ直後の就業の場所及び従事すべき業務を明示すれば足りるものであるが、将来の就業場所や従事させる業務を併せ網羅的に明示することは差し支えないこと。 (平成11.3.31基発168号)。
 しかし、労働契約書に特約事項として、「広島以外には転勤させることはない」としたり、就業規則に「一般職として採用されたものは採用地以外への転勤はしない。」と明記されていれば話は違ってきます。当然特約事項が優先されることになります。今回の記事の場合には、こうした特約事項はなかったでしょうし、就業規則には「会社の都合による転勤がある」旨の規定はあったと思いますので、転勤命令自体には問題ないといえます。
 しかし、従業員にもいろいろな事情があり転勤の必要性は認めても転勤できない事情もあります。このあたりのことについて、「育児介護休業法第26条「は労働者の配置に関する配慮として「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。」と定めていますので今回の例のように家族の介護のため転居また単身赴任が出来ない事情がある場合には、転勤命令は公序良俗違反・配転権の乱用とされてもやむを得ないものといえます。「子供の教育のため」との理由だけで、単身赴任も出来ないと転勤拒否しても万人が認める理由とはいえないでしょうから、このあたりの線引きをどこに定めるかは明確には規定することはできないので個別の事例ごとに検討せざるを得ないといえます。


【判例】
 転勤にかんする有名な判例に東亜ペイント事件があります。
東亜ペイント事件

   使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるものというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。右の業務上の必要性についても、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性の存在を肯定すべきである。


   この判例をみれば、転勤命令の乱用は許されないが次の理由以外で転勤命令を発するのであれば問題はないということになります。
 1. 業務上の必要性が無い場合
 2. 転勤命令が不当な動機・目的に基づいている場合
 3. 労働者に通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせる場合
 上記に抵触しなければ転勤のための特別の理由がなくても、転勤により、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤務意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性があるものと考えることができるので権利の乱用にはならないとされています。

【懲戒解雇】
 転勤を拒否したことを理由に懲戒解雇が可能かという問題ですが、就職する段階で労働契約を交わしますが、それに基づいて労使双方ともそこに定められた事項を遵守する義務が生じてきます。正当な理由なくしてその義務を守らないことになれば労働契約違反としての制裁は当然のことといえます。正当な理由の無い転勤拒否は、労働能力の向上、労働力の適正配置また労働意欲の増進などの目的をもって定期的な人事異動をおこなっている会社にとっては事業の運営に支障をきたすこととなりますので看過しえない問題だといえます。転勤を拒否するだけの正当な事由の無い者に対する懲戒処分としての解雇はやむを得ない処置といわざるを得ません。しかし、従業員にとって解雇されることは今後の生活を考えれば大きな問題があるので、労働基準法では解雇のル−ルを定めています。例えば、解雇を告げるのは30日前にしなければいけない。もし、即日解雇するのであれば30日分の解雇予告手当を支払わなければならないという規定があります。また、それ以前の問題として、会社の恣意的な解雇を防ぐ目的で平成17年1月1日から施行された労働基準法第18条の2の「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を乱用したものとして、無効とする。」との規定があります。この規定により、会社には、解雇する場合の理由を網羅的に就業規則に記載しておく必要が生じました。従って、転勤に関することまた懲戒解雇の規定などが就業規則に整備されていないと解雇できないということになります。人事異動の規定として、@業務上必要がある場合は、従業員の就業する場所又は従事する業務の変更を命ずることがある。A業務上必要がある場合は、従業員を在籍のまま関係会社へ出向させることがある。等の条文を定めておく必要があるでしょうし、これに対応する懲戒解雇の条文の整備ということになります。しかし、先にみたように配転命令権の乱用とならない場合のみ解雇が可能となりますのでその当たりを十分に調査検討したうえで決定する必要があります。

【参 考】

労働政策研究・研修機構のホ−ムペ−ジ http://www.jil.go.jp/kikaku-qa/mokuji/mokuji_11.htmlを参照ください。