懲戒規定と減給の制裁


JR西日本 運転ミス一律賞与削減
処分で10万・5万円労基法違反の疑い

 JR西日本が、オ−バ−ランや発着時刻の遅れなどミスを犯した運転士らに対して、「出勤停止処分」で10万円、「訓告・戒告処分」で5万円をボ−ナス支給額から一率カットしていたことが16日、わかった。脱線した快速電車を運転していた高見隆二郎運転士(23)(死亡)も昨年末、オ−バ−ランによる戒告処分でボ−ナスを5万円減額されていた。労働法の専門家は「制裁的な給与の減額に制限を設けた労働基準法違反にあたる」と指摘。大阪労働局なども、こうした「懲罰制度」を重視し、同社の勤務実態について本格的な調査に入った。

 JR西日本によると、ボ−ナス支払額は、賃金規程の中で「基準額プラスマイナス成績給」と規定。昨年度の基準額は、基本給と2つの手当の5.6か月分で、12月の支給は半分の2.8か月分。一方、成績給としては「出勤停止10万円」、「減給・戒告、訓告及び勤務成績が良好でない者5万円」という減額と、優秀者に対する増額を設けている。
 高見運転士は昨年6月、約100bオ−バ−ランして戒告処分を受け、同年末のボ−ナス5万円をカットされた。同社は高見運転士のボ−ナス額を明らかにしていないが、同年代の運転士では「1割前後のカット」とされる。
 労働基準法91条は、制裁による減給額が、その時受け取る賃金の1割を超えてはならないと規定。同社運転士は、20歳台が半数近くを占め、10万円減額では1割をはるかに超えるのは確実だ。高見運転士はオ−バ−ランで13日間、厳しく反省を求められる「日勤教育」を受け、乗務を外されたため、手当などが減った。日勤教育による減額は、若手で月給の3分の1近くに及ぶこともあったとされる。
 今回の脱線事故で、高見運手士は、直前の停車駅の伊丹駅で、再び約70bオ−バ−ランしたが、同上の車掌に頼み込んで「8b」と虚偽報告させており、過酷な日勤教育と併せ、ボ−ナスカットや月給減額も運転時の心理面に影響した可能性も出ている。
 大阪労働局などは、同社の懲罰的な給与減額の存在を把握。資料の提出を求めており、制度の違法性について、事情聴取を進める。
 JR西日本は、「労基法が定めるのは通常の給与に対する減給で、ボ−ナスはこの限りではない」とするが、大阪市立大の西谷敏教授(労働法)は「一般にボ−ナスも労基法上の賃金。額算定時に勤務成績を考慮することは許されるが、JR西は定率でボ−ナス額を決めたうえで、制裁事由で控除しており、制限を超える減額は違法」としている。

(読売新聞H17.5.17)


 就職することに伴い、労使双方とも労働契約(就業規則)に基づいた義務を負うことになります。従って、上記の例であれば、会社が定めた規則に応じて安全確実な運行を行うことといえます。当然、定められた規則が履行できなければ、労働契約義務違反として就業規則の定めに応じて懲罰を受けることは当然のことといえます。その結果として、賃金の減額の制裁もありえます。しかし、賃金は労働の対価として事業主から受け取るものであり、労働者の生活の基となるものですから、生活基盤を破壊するような賃金の減額の制裁を行うことには問題があるため、労働基準法では制裁として賃金減額をする場合の限度を定めています。

 先に労働者の労働契約義務違反と述べましたが、新聞の報道を見ていますと、JR西日本が定めている運行規則どおりに運行できない実態が恒常的にあったようですから、守れないような運行規則であったのなら労働者側の一方的な義務違反と捉えるのには問題があるのではないでしょうか。逆に、JR西日本側の安全運行管理責任が問われる可能性もあるのではないでしょうか。こうした見方をすれば、高見運転士の遺族はこの事故の原因は、守れない運行管理規則を押し付けてきたJR西日本にあるとして損害賠償請求を起こす権利があるといえます。当然、JR西日本にもこの事故に対する損害賠償請求を高見運転士に起す権利があります。過労死等の裁判をみていても労災保険請求が却下されたことに対する裁判であったり、会社側の健康管理義務違反に対する損害賠償請求であったりといずれか一方の裁判となっています。こうした場合、当然、両方の請求が可能となってきますが、会社側が労災請求を迅速におこなったのであれば、会社側が損害賠償請求を受けることは無いでしょうが、逆に、会社の責任はないとして労災請求を拒否すれば、遺族としては故人の名誉のためにも殉職として認めてもらいたいとの思いから会社にたいして健康管理義務違反として損害賠償を起すことになるからだと思います。

1.懲戒処分・減給の制裁

第89条第9項(作成及び届出の義務)
 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
第91条(制裁規定の制限)
 就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。



 会社の事業を行う上での憲法というべきものが就業規則ですが、労働基準法は10人以上の事業所には作成および労働基準監督署への提出を義務付けています。さらに労働時間等を始めとした必ず記載しなければいけない事項(絶対的記載事項)と決まりごとがあれば記載しなければいけない事項(相対的記載事項)とに分けて定めています。制裁に関する事項は、労働基準法第89条第9項に記載されていますが、この項目は、相対的記載事項とされており、そういった制度は設けない方針であれば記載する必要はありません。しかし、定めるのであれば、詳細に定めておかないと「就業規則に定めていない」との理由で処分できない事態が発生しかねません。

 労働基準法第91条は、新聞記事で問題となっている制裁の一環としての減給のことについて定めています。労働基準法が制裁に一定の制限を加えている条文はここだけですが、これ以外の制裁については事業主が自由に決めていいのかというとそうではなく、民法第90条「公の秩序又は善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は無効とす。」を考慮する必要があります。普通に考えて制裁があまりにも重過ぎるとか、常識を外れた制裁内容などは問題なしとはされないといえます。

 ここでは減給の制裁1回の対象限度額と複数の事案がある場合の賃金から控除できる限度の二つのことについて定めています。

すなわち、
  1.制裁事案1件について減給できる限度は平均賃金の1日分の50%以下でなければならない。
  2.複数の制裁事案がある場合にはそれらを合算した金額が減給しようとする月の賃金総額の10%までしか控除できない。
ということになります。条文では、「一賃金支払期における賃金の総額」となっているため、ボ−ナスで減給処分する場合と月給で控除する場合とでは、当然、控除できる限度額が異なってくることになります。複数の制裁事案があり合算したら月給の10%を超えてしまうことになれば、次月以降の賃金から控除していくことになります。

 こうした減給の額の決定、また控除方法については判断を誤ることは無いといえますが、制裁の結果、出勤停止とした場合の賃金をカットはどうなるのか、また、降格させて賃金が下がった場合はどうなるのか等いろいろ問題が出てきます。

【出勤停止した場合】
 賃金をもらう権利は労働を提供することに対する対価としての権利ですから、出勤停止の懲戒処分を受けた結果として、その期間の賃金が支給されないのは当然のこといえます。この処分の目的は出勤停止であって賃金カットを目的としていないため、その結果、労働の提供が出来ないことによる賃金不支給ということになります。ただ、この場合でも、労働契約や就業規則の内容がどうなっているのかが問題になります。日給月給制であれば当然支給対象外の日となると定めているでしょうし、プロ野球の選手のような年俸制となれば出場停止処分を受けてもこうした賃金カットなどありえないのではないでしょうか。しかし、一般の企業であれば、月給制が一般的でしょうから、どのような場合に賃金カットを行うかは就業規則に明確に定めておく必要があるといえます。

 出勤停止で問題となるのは、その期間が事案に対して妥当かどうかという点にあります。遅刻を1回したことだけで1ヶ月の出勤停止となれば先に述べた公序良俗違反として認められないといえます。

【遅刻・早退の場合】
 この場合も、前項の場合と同じで、「ノ−ワ−ク・ノ−ペイの原則」が適用されることになりますから、その時間について賃金カットするのであれば制裁とはみなされませんが、もし、遅刻・早退については30分単位で控除するとされているならば、労働の提供ができなかった時間よりカットされる賃金の方が多いことになり制裁ということになますので、懲罰規定の中に明確に定めておく必要があります。

【昇給停止】
 減給の制裁としての法91条の規定は、現在支給している賃金を減額する場合のことを想定しており、制裁の一環として次年度の昇給は行わないとしても減給の制裁には当たらず自由に就業規則に定めることが出来ます。

【降格・降給の場合】  懲罰の結果、課長職から係長職に降格となるという場合があります。普通は、降格に伴い責任・権限も制限されてきますし、職責手当等も減額となりますが、この場合には、従事する職務・職責の変更に伴う結果として当該職務・職責に応じた賃金に変更となるものであり、制裁の目的をもって賃金が減額されたわけではないので法91条の規定違反とはなりません。しかし、降格とはなったが、仕事、責任、権限等仕事の実態が変更されていない場合には、減給の制裁として法91条が適用されます。降給の場合も、今述べた降格の考え方と同じことになってきます。

2.懲戒規定
 労働契約を結べば、当然双方にそれぞれ権利と義務の関係が発生しますので、労働者が義務を果たさなければそれに対して会社には懲戒権を行使することが出来ることになります。しかし、これを恣意的に行使すると権利の乱用ともなりかねませんので、懲戒をどのような場合に、どのような形で行うかを就業規則に明確に定めておく必要があります。だからといって、懲戒規定だけを整備すればよいかというとその前段として労働契約の義務違反があるわけですから、何が義務違反となるのかが問題となります。従って、服務規律が事業の実態に即した形で適切に定められている必要があります。それを受けて、違反の内容・程度に応じてどのような罰則を適用していくかを決めるのが懲戒規定ということになります。当然、公序良俗に違反する内容や社会通念上問題があるようでは認められないことになるといえます。

 JR西日本の場合、オ−バ−ランによるボ−ナスの減額は法91条違反の可能性がありますが、日勤教育による賃金の減額自体は問題ありません。こうした問題よりもJR西日本が定めている懲戒規定自体が社会通念上認められるのかという問題の方が大きいといえます。所属する労働組合によって懲戒の程度が違っているとも聞いていますし、日勤教育と称して毎日毎日就業規則を筆写させるようなことは懲戒の範疇に属するのか疑問に思えます。懲戒を恐れるあまり、虚偽の申告が一般的になったり、精神的な圧迫要因となっているようであれば、安全管理面で大きなマイナス要因になってしまうのではないでしょうか。あまりにも厳しい罰則規定を設けると本末転倒となってしまういい例かもしれません。

 懲戒処分の主な項目としては、「けん責」、「戒告」、「減給」、「出勤停止」、「諭旨解雇」、「懲戒解雇」などがあります。特に、懲戒解雇については、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を乱用したものとして、無効とする。」との規定が追加され、就業規則に規定の無い事由での解雇は出来ないことになっています。

【懲戒解雇と退職金の関係】
 退職事由が懲戒解雇であれば今後の再就職が難しくなりますので、従業員の将来を考え罪一等減じて諭旨解雇という形で退職届を提出させることもあるでしょうが、いずれにしても退職金は支給しないのが普通だといえます。

 市販されている就業規則作成解説書をみても、「第○条第○項により懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。」と記載されています。しかし、この規定では、懲戒解雇されるだけの悪事を働いていた者が、その発覚前に自己都合退職し、退職後、懲戒解雇するべき悪事が露見した場合には、既に退職しているので、在籍しないものに対して懲戒処分すること自体できません。当然、懲戒解雇を理由として退職金の返還自体ありえないことになります。この規定のように、退職事由と退職金を一体の関係として扱ってしまうとこのようなことになってしまいますので、退職金の支給と退職事由とをリンクさせず、「第○条第○項に定める懲戒解雇の事由に該当する場合には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。」としておかないと、退職後に懲戒解雇に該当する悪事が発見された場合には返還請求が不可能となります。

3.業務遂行上の事故と損害賠償

民法 第715条(使用者の責任)
 ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
2 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
3 前2項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。

労働基準法 第16条(賠償予定の禁止)
 使用者は、労働協約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。



 従業員が第三者に損害を与えた場合には、民法第715条の使用者責任の規定に基づいて会社が責任を負い、第三者に対して損害賠償を行うことになります。当然、JR西日本の事故にしても会社が被害者に対して損害賠償交渉を行い、示談が成立すれば損害賠償金を支払っていくことになります。しかし、民法では同条第3項で「前2項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。」とあり、損害を与えた職員に対して会社が負担した損害賠償額を請求することが出来るとしています。一方、労働契約といった面から考えていくと従業員側の労働契約の不履行という側面もありますし、会社側には使用者としての安全教育・適正な労務管理また運行管理等がなされていたのかとの側面もあります。この記事にあるように、「過酷な日勤教育と併せ、ボ−ナスカットや月給減額も運転時の心理面に影響した可能性も出ている。」となれば、逆に運転士の家族側からJR西日本に対して求償権の行使も可能となるのではないかともいえます。

 交通事故を起こした、会社の物品を壊したなど日常的に発生している事柄に対する損害賠償に関して労働基準法第16条に「賠償予定の禁止」との条文があります。この条文は、損害賠償自体を禁止しているのではなく、「このような場合には10万円」、「この場合は60万円」と、事前に、損害の実態に応じた額ではなく固定的な額を決めることを禁止しているにすぎません。通達をみると「金額を予定することは禁止されるが、使用者が実際に損害を受けた場合損害賠償を請求するのはもとより自由である。」(S22.9.13発基17)としています。この条文の本来の目的は、過剰な違約金や損害賠償額をあらかじめ決めておくことにより労働者を不当に拘束することを禁止したものです。当然、損害賠償させるとしてもその限度額は損害額を超えることは出来ないのは当然といえます。

【身元保証人】
  就職したときに身元保証書を要求されることがあります。身元保証書は、身元保証された従業員が問題を起したとき損害賠償の責任を身元保証人が負いますよという身元保証人と会社とが契約を交わすものです。身元保証人にとっては、自分が常時監視しているわけではないのでその責任を明確にするため「身元保証に関する法律」が定められています。従って、就業規則に身元保証書の提出を義務付けるとしたら、この法律に基づいた取扱をしていなければ意味の無いものとなってしまいます。有効期間は、期間の定めをしないときは3年、期間の定めをするときは5年が限度となり、自動更新は認められていません。

身元保証に関する法律

(身元保証契約の存続期間)
第1条 引受、保証その他どのような名称であっても、期間を定めずに被用者の行為によって使用者の受ける損害を賠償することを約束する身元保証契約は、その成立の日より三年間その効力を有する。但し、商工業見習者の身元保証契約については、これを五年とする。
第2条 身元保証契約の期間は、五年を超えることはできない。もしこれより長い期間を定めたときは、これを五年に短縮する。
2.身元保証契約は、これを更新することができる。但し、その期間は、更新のときより五年を超えることはできない。
(使用者の通知義務)
第3条 使用者は、左の場合においては、遅滞なく身元保証人に通知しなければならない。
1.被用者に業務上不適任または不誠実な事跡があって、このために身元保証人の責任の問題を引き起こすおそれがあることを知ったとき。
2.被用者の任務または任地を変更し、このために身元保証人の責任を加えて重くし、またはその監督を困難にするとき。
(保証人の契約解除権)
第4条 身元保証人は、前条の通知を受けたときは、将来に向けて契約の解除をすることができる。身元保証人自らが、前条第一号及び第二条の事実があることを知ったときも同じである。
(補償責任の限度)
第5条 裁判所は、身元保証人の損害賠償の責任及びその金額を定めるとき、被用者の監督に関する使用者の過失の有無、身元保証人が身元保証をするに至った事由及びそれをするときにした注意の程度、被用者の任務または身上の変化その他一切の事情をあれこれ照らし合わせて取捨する。
(強行規定)
第6条 本法の規定に反する特約で身元保証人に不利益なものは、すべてこれを無効とする。