外国人労働者の残業代計算のカラクリ



 会社に勤める大きな目的は生活の糧である賃金を得るためであり、当然自分の働いた時間に対する正当な賃金を請求するのは極当たり前のことといえます。しかしこれに反して正当な賃金を支払おうとしない会社も少なくはありません。大小問わず人件費削減は経営政策上の至上命令であることに異を唱える人はいないでしょう。弁当屋で働く外国人技能実習生が未払残業代(一切支払われていなかった)を請求したところ夕食を提供しているからその部分については差し引くといってきたことがあります。弁当屋ですから余っても捨てるだけでしょうし、そこで働く従業員全員が残り物を持って帰っているのを認めていながらこうした発言は全く意味がないどころが、品性を疑わざるを得ませんし、外国人技能実習生には残業代を支払う必要がないという悪意に満ちた発言として無視すべきものですが、法律に基づいてそれらしく装うという事例についてはどのように対処するかそれなりに理論武装しておかないと問題点を見逃してしまいますのでそうした二つの事例を見ていききたいと思います。


【事例−1 諸手当と割増賃金基礎給】
 残業代を計算するとき、割増率に乗じる時間単価が正しく計算されていないと労働者は不利益を蒙り、経営者は不当利得を得ることになります。この不当利得を得る方法を見ていくため、まず契約書に記載されている賃金に関する部分を見ていきます。
【契約書の賃金構成】
時間給 1,000円残業代 1,250円 休日出勤 1,350円
皆勤手当 20,000円能率給 400円  

 時間給と残業時・休日出勤時に支払われる金額そして手当類も記載してあり、これによって説明を受けた外国人は十分納得するでしょうし、たいていの日本人も同様ではないでしょうか。しかし労働基準法を多少でも齧ったことのある人なら「皆勤手当」と「能率給」は残業や休日出勤の割り増しの対象としなければならないのではないかと疑問に思い調べてみることになるでしょう。労働基準法第37条第4項に「割増賃金の基礎となる賃金には家族手当、通勤手当その他厚生労働省令で定める賃金は算入しない。」とあります。この省令とは労働基準法施行規則を指しているのでこれを見ると規則第21条にさらに割増賃金計算から除くものとして次の5つの手当が挙げられています。「別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」です。ということは皆勤手当も能率給も割増賃金の対象としなければならず契約書に記載してある残業代1,250円と休日出勤1,350円は間違いとなります。ある月の労働時間を170時間として計算してみると、1,000円+(20,000円÷170時間)+400円=1,518円が割増賃金を計算するときの基礎給となり、残業単価は1,518×1.25=1,898円、休日出勤は1,518×1.35=2,050円となります。残業単価で648円、休日出勤単価で700円の未払いが発生することになります。外国人の場合50時間以上の残業は当たり前ですからかなり大きな額の未払賃金が発生していることになります。
 ただこの例の場合一つ問題があります。割増賃金に加えなくても構わないとされている「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」の問題です。この会社では、これを悪用して割増賃金基礎給に含めない工夫をしています。要するに能率給を偶数月にのみ支払っています。監督署に確認したら毎月ではなく2か月に1回なら割増賃金の基礎に含めないでよいと指導されたとのことです。監督署への問い合わせも都合の悪いことを隠して回答を誘導することもできますので条件が違えば回答も違うのが現実です。
どのような仕組みにしているかは1月分と2月分の賃金支給明細書を見ると直ぐ分かります。
【1月分賃金明細】1月の稼働時間170時間
 基本給 170,00円 皆勤手当 20,000円 能率給1   0円 能率給2  0円
【2月分賃金明細】2月の稼働時間160時間。
 基本給 160,00円 皆勤手当 20,000円 能率給1  68,000円 能率給2  64,000円

「能率給1」は前月の稼働時間に対応(170時間×400円)したもので、「能率給2」は当月の稼働時間に対応(160時間×400円)したものになっています。要するに監督署の指導に合わせて毎月支払っていたものを2ヶ月に1回の支払いに変更しただけで割増賃金基礎給から除外したものです。「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」は労基法第24条(賃金の支払)で月1回払いの原則の例外として賞与以外の臨時に支払われる賃金としてあげられています。これに対する労働基準局の解説は、「右の各賃金は、賞与に準ずる性格を有し、一カ月以内の期間では支給額の決定基礎となるべき労働者の勤務成績等を判定するのに短期にすぎる事情もあり得ると認められるため、毎月払及び一定期日払の原則の適用を除外しているのであるから、これらの事情がなく、単に毎月払を回避する目的で「精勤手当」と名づけているもの等はこれに該当しないことはもちろんである。」※1としています。また、同じ様な事例の判例※2でも「本件協約においては、従来一か月ごとに支払われていた無事故手当及び出勤手当を二か月ごとに支払うものとしたが、その額は従来の一か月の額を二倍したものであること、無事故手当は偶数月に、出勤手当は奇数月に支払うこととされたが、両者の額に大きな相違はなく、従来の支払方法によるのと大差ないこと、・・・・・労働基準法三七条の適用を回避し、これを潜脱する目的で締結されたものと認めるのが相当であり、その効力を有しないものというべきである。」としています。単純に2ヶ月に1回支払われていているだけではダメで、その算出根拠が1ヶ月を超える期間を基に計算されているかどうか、また1ヶ月毎に計算したものを2ヶ月に1回まとめて支給していないかといった実態に即して考えるとしています。要するに、「一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金」とは賞与的な一定の期間を基礎として算出したものでなければいけないということになります。


【事例−2 契約時給が残業単価となるよう基本給と手当を設定】
あと一件、同時進行している問題でも割増賃金の基礎給をめぐる問題がありました。こちらは割増賃金基礎給になるのは基本給(時給)だけとの考え違いをしているのか、基本給(時給)を「基本給」と名称のない「手当」に分割した単純なものでした。この支給表は次のようになっています。
契約時間給900円
 稼働時間  130時間 残業時間  20時間    
 基本給  93,600円 手  当  23,400円 残業代 18,000円 総支給額 135,000円

このカラクリは、時間給を基本給720円と手当180円に分割し、それぞれに稼働時間130時間を乗じたものです。当然、残業代は、基本給720円×1.25=900円×20時間となります。法律を知らなければ、働いた時間150時間×時給900円=135,000円で正しく計算されていると思ってしまいます。
法律を読む場合、条文だけでなく、行間に含まれている様々な通達や判例などをしっかり読み取って行かなければこのような誤った扱いをしてしまうことになりかねません。しかしこうしたことを知らなくても常識的に判断すれば大きく間違うことは少ないのではないでしょうか。この能率給や皆勤手当にしても名称と算定方法に工夫をすれば割増賃金基礎給から除外することは簡単な話ですが、会社運営は労働者がいなければなりたちません。今、団体交渉中の会社が社会保険に加入させるのなら時給を100円下げるといっています。この会社はハローワークを通じて求人しても応募がなく、外国人を雇う以外ないといっています。島嶼部でキツイ仕事なので、外国人しか来ないでしょう。実際、彼らがいなければ会社は操業不能になってしまいます。こうした状況にありながら賃金を含めて労働条件を改善せず安い労働力をさらに安くしようと工夫を凝らしているのが外国人労働者によく見られます。さらに云うと、1日8時間労働で土曜日も働かせてその日については一切賃金が支払われていない例をよく見ます。


※1 労働基準法 上 厚生労働省労働基準局編 P353
※2 日本液体運輸事件 東京地裁 昭54年(ワ)第9797号