うつ病の労災申請から


 先日の読売新聞(3月7日付)の記事に「うつ病など精神場外による労働災害の請求・認定が近年、大幅に増えた。」との記事が載っていました。長時間労働やパワハラ等でうつ病を発症する労働者が増えているのは確かでしょう。私が健康保険の仕事をしていた10数年前には傷病手当金の請求を見ると脳出血関係が多く、うつ病関連はごくまれでしたが、今はうつ病が中心となっているとの話を聞きます。終身雇用制が崩れたことに原因を求めることもできますが、そうした心配のない企業も例外ではないことから育った時代的背景も考えなければならないのかもしれません。この記事は「認定が増えたのは、11年12月に「心理的負荷による精神障害の認定基準」を厚生労働省が新たに定めたことも大きい。」としています。こうした基準があることは決定する側にとっても申請する側にとってもいいことだといえます。監督署に相談に行くとうつ病での労災申請は認められるのは難しいと言います。基準が出来たからと言ってうつ病での労災認定のハードルが下がったわけではありません。最終的に決定するのは監督署とはいえ事前に基準を満たすかどうかの検討をしっかりすることが出来ますので、「当然労災認定されるべきだ。」と言った感情論を排して、この基準に即して発症原因を整理検討し、基準に適合した組み立てが出来なければいけません。ある知人は30年来の事務職から営業部門への配置換えによりうつ病を発症し、独力で労災申請して認められたとのことです。最近、転勤によりうつ病を発症した人の労災申請を行いましたのでこれを例としてうつ病の労災申請の進め方を見ていきます。

1.時効の問題
 労働保険や社会保険には一定の期間を経過すると請求できなくなる時効と言う制度があります。基本的には2年ですが年金等一部の給付については5年があります。ただこの時効は労災事故が発生した日から2年が経過するまでに労災として認定されていなければ一切請求できないというものではなく、現時点から2年間遡った日以前のものについての給付されないというものです。

(1) 休業補償給付の時効
 うつ病で休業補償請求をした場合、決定までに6か月程度を要することになります。しかし事故発生日から2年以内に請求をすればその時点で時効はストップします。労災事故発生日から2年と1日目に請求した場合には1日分は時効として給付対象外となります。

(2) 療養補償給付請求の時効
 療養補償給付については休業補償給付の請求をしたからと言って時効が停止することはありません。休業補償給付が決定したのちに療養補償給付を請求することになるため請求時点から2年前以前の医療費の自己負担分については保障がされないことになります。

(3)年金給付等の時効
 障害補償給付や遺族補償給付については5年間の時効となります。

2.休業補償給付から始める
 通常労災申請は病院に療養補償給付請求書を提出しますが、うつ病の場合には労災に該当するかどうかという問題があります。また労災に該当するかどうかが意識に昇るのも一定の期間が経過した後といえます。当然認定されるかどうかは全く分かりませんので、医療費については労災認定された後に健康保険から切り替えることとして休業補償の請求から始めることになります。

(1)添付書類
 休業補償給付の請求書に添付書類は必要ありませんが、うつ病にかかった原因を調査し、認定基準に沿った事由があるかどうか整理・検討し「申立書」としてまとめることが必要といえます。同時に職場内でどのような状況にあったかなどの同僚からの陳述書も添付できればした方がいいといえます。独力で労災認定を得た知人はこうした書類は何も添付しなかったとのことです。

(2)認定基準に則した検討
 厚生労働省が「精神障害の労災認定」というパンフレットを出していますのでうつ病の原因と考えられる事項を拾い出し、この認定基準に従って整理する必要があります。

@精神障害で労災に認定される要件として次の三つがあります。
 a. 認定基準の対象となる精神障害を発病していること
  ICD-10として10に分類された疾病である必要があります。業務災害の場合には「F3気分「感情」障害」か「F4神経症性障害。
  ストレス関連障害および身体表現性障害」に定める疾病が対象となります。うつ病はF3に該当し、適応障害はF4に該当。
  心身症はICD-10には含まれていませんので労災の対象とはなりません。
 b. 発病前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められること
  検討する場合一番大きなポイントになりますので別途見ていきます。
 c. 業務以外の心理的負荷や個体要因により発病したと認められないこと
  当然業務以外の離婚等個人的な問題や既往症があったりアルコール依存症等があればそれらが発症の原因となっていない
  かが検討されます。

A「b.発病前おおむね6か月の間に業務による強い心理的負荷が認められること」について
 発症の原因を「弱」「中」「強」の三つに区分し、「強」と認定されるものが無ければ労災として認定されません。発症原因は即「強」とされる「特別な出来事」と「特別な出来事以外」の二つに分類されています。
 「特別な出来事」に属するものとしては、永久労働能力喪失を残す業務上の傷病、他人を死亡させ、又は生死にかかわる重大なケガを負わせたり、重大なわいせつ行為やセクハラ行為が心理的負荷として挙げられています。また長時間労働として、直前1カ月間に160時間を超える場合又は3週間に120時間を超える時間外労働があった場合が挙げられています。
 「特別な出来事以外」については、次の6つの「出来事の類型」に分けられそれぞれに「具体的出来事」が「弱」「中」「強」の表として掲げられています。
  a.事故や災害の体験
  b.仕事の失敗、過重な責任の発生等
  c.仕事の量・質
  d.役割・地位の変化等
  e.対人関係
  f.セクシャルハラスメント
 聞取りによって判明した転勤によるうつ病の原因と考えられる項目を「出来事の類型」またそれぞれに定められた「具体的出来事」に当てはめて「弱」「中」「強」のいづれに該当するかを検討します。更により「強」に近づける問題が漏れていないか再度聞取りを行なうことになります。

3.事例検討
(1)傷病の経過
 転勤により不眠症となり約8か月後に病院を受診するとうつ病と診断され、即休職命令が出て休職。約9か月後職場復帰するが、約1カ月半後に脳出血で倒れ入院する。

(2)うつ病発症の経緯と背景
  a. 入社以来38年間同一業務で転勤が無く、定年を2年半後に控えた時点での転勤であった。
  b. マイナー労働組合の活動家として会社が転勤対象外としてきたが新支店長の方針を巡って問題が多発し、対立関係とな
   り半年後に転勤させられた。
  c. この転勤は不当労働行為として地労委に申立を行い不当労働行為として認められた。

(3) 「出来事の類型」と「具体的出来事」への当てはめ
 該当する重大な類型として、A仕事の失敗、過重な責任の発生等、C役割・地位の変化等とD対人関係があります。今回の問題は一職員としての問題にとどまらず労働組合の役員として会社との関係の問題もあり、そのあたりがどのように考慮されるかの問題もあります。

@「類型A仕事の失敗、過重な責任の発生等」
 7項に「強となる例」として「業務に関連し。重大な違法行為(人の生命に係る違法行為、発覚した場合に会社の信用を著しく傷つける違法行為)を命じられた」があり、営業面での特定商取引法違反に関する問題での対立がありました。

A「類型C役割・地位の変化等」
 21項の視点に「配置転換の理由・経過等」また「業務量の程度、職場の人間関係」があり、「強」となる例として、「左遷された(明らかな降格であって配置転換としては異例なものであり職場内で孤立した状況になった)」また「過去に経験した業務とまったく異なる質の業務に従事することになったため、配置転換後の業務に対応するのに多大な労力を要した」があります。労働組合の活動に対する不当労働行為としての転勤があり、その理由を転勤先全員が知っている状況があり、職種は同一であっても一から仕事を覚える必要があったことなどがあります。

B「類型D対人関係」
 30項は上司とのトラブルが扱われ、「強」となる要素として「業務を巡る方針等において、周囲からも客観的に認識される様な大きな対立が上司との間に生じ・・」とあります。転勤の原因は支店長方針が現場で混乱を引き起こしていることからこれを糾弾する労働組合との対立がりこの組合活動の中心人物であった。

 ここに挙げたもの以外にも様々な原因がありますが、それらを類型や項目ごとに検討しながらも総合的に考え方をまとめていく必要があります。この例ではそうしたストレスの渦中でなく、異動による虚脱感、挫折感からの発症といえます。細かく事例が示された認定基準が出来たことで精神疾患の労災申請の道筋が明確になったといえます