就業規則に係わる問題から 〜 服務規律



 就業規則をつくろうとする場合、一定の雛形を使用していくことになると思います。私の場合、(社団)全国労働基準関係団体連合会が発行している「就業規則作成の方法と実務」に掲載されているモデルをベースとして使用しています。こうしたモデルをベースにして労働時間や賃金などの部分を修正すればそれなりに出来上がってしまいますので誰でも作ることができると考えている人が多いのではないでしょうか。しかし就業規則の各条文は労働関係を始めとした法律に止まらず判例などに基づいて設定されていますのでその辺りのことを踏まえたうえで作成・運用していかなければ問題が発生したとき当初想定した効果が得られないことになってしまいます。

 例えば、採用時の提出書類として「身元保証書」の提出を求めているものがあります。この効力を期待するのであれば「身元保証に関する法律」(注1)を知った上で運用していかなければ意味が無いと言えます。また、「えくれしあ第69号」で説明した「懲戒解雇と退職金」(注2)のように判例を知らないままモデル就業規則を信じてしまうと思わぬ問題が発生してしまうこともあります。

 そうした意味では今回取り上げた服務規律も同様といえます。セクハラ等を除けば法律に基づいて決めていく部分はなく事業所の実態に応じて決めていかなければいけない部分となります。従って、作成を依頼されれば、事業主さんの思いを聞きながら、その事業所にあった表現でまとめていかなければならないため難しいと同時に面白い部分と言えます。当然、服務規律違反があれば懲戒の問題が発生してきますので、懲戒規定との関係も考慮して規定していかなければならないと言えます。また、よりどころとなる法律が無いとなれば過去にトラブルが発生し裁判となった例を参考にしてどの程度まで強制力があるかを頭においておかなければなりません。一つの例として「ひげを剃ること」という服務規律を根拠にして口ひげを生やしているハイヤーの運転手を乗務停止した裁判で、裁判長は、服務規律は当然守る必要があるとしながらも、「『ヒゲをそること』とは、第一義的には右趣旨に反する不快感を伴う「無精ひげ」とか「異様、奇異なひげ」を指しているものと解するのが相当である。」(注3)として懲戒は無効としていますので厳しすぎる内容を定めたとしても常識的な範囲でしか効力は認められないことになってしまいます。

 モデル就業規則の規定例を見ると遵守事項として八つのものが挙げられています。

第11条 従業員は、次の事項を守らなければならない。
@  勤務中は職務に専念し、みだりに勤務の場所を離れないこと。
A  許可なく職務以外の目的で会社の施設、物品等を使用しないこと。
B  勤務に関連して自己の利益を図り、または他より不当に金品を借用し、若しくは贈与を受けるなど不正な行為を行わないこと。
C  会社の名誉又は信用を傷つける行為をしないこと。
D  会社、取引先等の機密を漏らさないこと。
E  許可なく他の会社等の業務に従事しないこと。
F  性的な言動によって他の従業員に不利益を与えたり、就業環境を害さないこと。
G  その他酒気をおびて就業するなど従業員としてふさわしくない行為をしないこと。


 基本的なものは満たしているのでこのままでも問題は無いと思いますが、製造業、建設業、医療機関や介護の事業所にこのまま使用できるかというと問題があるといえますのでそれぞれの事業内容に即した視点からの規定又文言に直す必要があります。医療機関や介護の事業所であれば、患者や利用者との関係また医療事故等の防止の観点からの規定も必要になるといえます。

 この条文を決めていく場合、次の七つの項目を盛り込む必要があるといわれています。

@  業務に関する事項(業務命令に従う義務、職場秩序を維持する義務、信用保持の義務、誠実な職務遂行の義務、守秘義務)、
A  兼業・競業禁止に関する事項、
B  安全衛生に関する事項(火事、換気、清掃、清潔、健康)
C  施設管理に関する事項(施設利用時の許可、備品の管理・持出し時の許可)、
D  職場環境に関する事項(セクハラ、他の労働者に不利益を与えるような言動、他の労働者の職場環境を害しない事項、酒気を帯びての就業禁止)、
E  法律、就業規則等の遵守に関する事項、
F  その他(政治活動、思想・信条・宗教に関する宣伝、集会、掲示、ビラ配布禁止)


 こうした内容で外来のみの診療所の例として考えてみると18項目(注4)ほどありましたが、事業運営上特に注意を喚起する必要のある事項、例えば、医療事故の防止に関する事項などは遵守事項の中というよりは別の条文とした方がいいものもあります。

 また、遵守事項では具体的な内容を記載する必要があるとはいえ、数上げればいいというものではなく似たようなものは纏めるようにしなければなりません。そして具体的な内容、例えば、服装、化粧、マニュキュア、髪を染める等の問題などについては、就業規則の中ではなく、別途「服務に当っての心構え」などで細かく定めていく方が良いのでないでしょうか。最近作成したものを例にとると、簡単な方針述べて、@姿勢・服装、A言葉遣い・態度、B守秘義務、C勤務、D報告・連絡、E整理・整頓、F風紀、Gその他、の八項目で守って欲しい事項を細かく記載しました。こうした「服務に当っての心構え」は常に見てもらいたいため休憩室に掲示するなり、朝礼等で活用すれば良いのではないでしょうか。

 服務規律は極当たり前のことが書かれますのであまり注意を払われることが少ないかもしれません。しかし、当たり前のことを守れないのが人間だといえますし、人それぞれ価値観も違えば、宗教や信条も違います。車の運転でも制限速度を守り、安全運転を心がけている人は意外と少ないと思います。休日であれば個人の問題ですから良いとしても、勤務中に、社名の入った車を運転させるのであれば、制限速度を守らせ、イエロー・ストップを励行させなければ「あの会社の運手は荒っぽい。」と評判が立ってもいけません。安全の問題にも繋がる部分ではないでしょうか。

(注1)
 この法律によると、身元保証書の有効期間は3年(期間を定めた場合5年が限度)であり、被保証人に業務上不適任であることが判明した場合、また任務や任地を変更した場合には保証人に通知する必要があり、この通知に基づき保証人は契約を解除できるとなっています。
(注2)
 「懲戒解雇した場合には退職金を支給しない。」と就業規則に定めている場合には、退職後、懲戒解雇に該当する事由が見つかった場合であっても退職金を支給しなければならない。
(注3)
 イースタン・エアポートモータース事件(東京地裁昭和55年12月15日判決) また、運送業で髪を染めていることから解雇となった従業員が解雇無効を訴えた裁判では、「企業に与えられた秩序維持の権限は、自ずとその本質に伴う限界があるといわなければならない。特に、労働者の髪の色・型、容姿、服装などといった人の人格や自由に関する事柄について、企業が企業秩序の維持を名目に労働者の自由を制限しようとする場合、その制限行為は無制限に許されるものではなく、企業の円滑な運営上必要かつ合理的な範囲内にとどまるものというべく、具体的な制限行為の内容は、制限の必要性、合理性、手段方法としての相当性を欠くことのないよう特段の配慮が要請されるものと解するのが相当である。」として解雇無効とされています。東谷山家事件(福岡地裁小倉支部平成9年12月25日判決)
(注4)

(服務意識)
第9条 職員は、医療従事者として地域社会の医療と福祉に奉仕する社会的使命を自覚し、常に自己研鑽に励み当クリニックの医療レベルの向上と患者が安心して受診できる職場環境を築くように努めなければならない。
(遵守事項)
第10条  職員は、次の事項を守らなければならない。
@ 常に健康に留意し、笑顔を絶やさず、明朗な態度をもって就業しなければならない。
A 患者に対し親切丁寧を旨とし、常に相手の立場を理解して、その言動には細心の注意を払い、患者の安心と信頼を得るよう努めなければならない。
B 業務の遂行に当たっては、クリニックの方針を理解し、職員相互の人格を尊重し、秩序と品位の保持に努め、相協力して職務の遂行を図らなければならない。
C 就業時間中は、定められた業務に専念し、みだりに職場を離れてはならない。止むを得ない事情で職場を離れるときは院長の許可を受けなければならない。
D 正当な理由なく、みだりに職務放棄する等、業務の正常な運営を阻害し、又は、これらのことを教唆、若しくは煽動するようなことをしてはならない。
E 就業時間中は、手待ち時間中であっても、職員相互間での私的な言動は慎まなければならない。
F 職務上知りえた患者の個人的秘密を守らなければならない。なお、退職後といえども守秘義務を忘れることがあってはならない。
G 診療中であっても、他の患者に疾病が悟られないよう言葉遣いに配慮しなければならない。
H 職務上知りえたクリニックの業務上の機密及びクリニックに不利益となる事項を他に漏らしてはならない。
I 職員は、クリニックの名誉を毀損し、信用を傷つけるような言動を行ってはならない。 J 職務に関連して自己の利益を図り、または、他より不当に金品を借用し、若しくは贈与を受けるなど不正な行為を行ってはならない。
K 担当職務に関する知識と技術の練磨に勤め資質の向上を図らなければならない。
L 院長の許可なくして、名義 資格の如何を問わず、他所で勤務してはならない。
M 常に、クリニック内の清潔 整頓に留意し 盗難 火災予防 及び安全衛生に注意しなくてはならない。
N 職員は、クリニックまたは、その付近に火災 天災 地災 その他異変があるときは勤務時間外といえども登院して応急の措置を講じなければならない。
O クリニックの施設 設備 備品等をみだりに使用してはならない。業務以外の目的で使用する場合には院長の許可を受けなければならない。
P クリニック内における集会 貼紙 掲示 その他これに類する行為は院長の許可を得た上でなければすることはできない。
Q 性的な言動によって他の職員に不利益を与えたり、就業環境を害してはならない。