有効な就業規則とは?

 昨年から、RCCカルチャ−・スク−ルで「身近な労働の法律」という講座を担当し、労働基準法を中心とした話をしてきましたが、この4月から、10回の予定で就業規則をテ−マとして取り上げましたので今回は就業規則について触れてみたいと思います。

 古代ギリシアにおいて重視されたものの一つに自由(エレウテリア)という考えがあります。この概念が大きくクロ−ズ・アップされたのはペルシャ戦争のときです。東洋的専制主義体制の下で自由を失うことを嫌い、隷属状態に陥るよりも、「法の下における自由」を守るために国?を挙げて戦いました。マラトンの戦いとサラミスの海戦の勝利によって自由を守りました。これまで自由を謳歌し、民主政治の恩恵を受けていたのは市民身分の中でもごく一部の富裕者に限られていました。この戦争を通して民主政治は大きく進展していきますが、その原動力となったのは、この二つの戦争を通じて戦争の勝利に貢献した市民層でした。ギリシアの戦士は市民身分に限られ、しかも武装を自弁できなければなりません。マラトンの戦いの主役は、従来からの馬を持った貴族階級ではなく中産市民身分以上の者から成る重装歩兵の密集隊形でした。しかし、10年後のサラミスの海戦の主役となったのは船のこぎ手でした。武装自弁できる市民は甲板で戦い、武装を自弁出来ない下層市民は三段櫂船のオ−ルを漕ぐことで重要な任務を果たし、その結果、民会(エクレシア)でも発言力を増すことになりました。

 今の時代でも、社会を大きく動かす人たちに向かっていろいろな施策がとられることになります。ライブドアや村上ファンド、派遣労働者やフリ−タ−など非正規労働者また団塊の世代の問題などがそうした例といえます。その結果、法律が新たにつくられたり、改正が繰り返されたりしていきます。法律が成立し、官報に掲載されれば、それを知らない方が悪いとなってしまいます。会社のル−ルである就業規則もこうして出来た法律に連動させなければなりません。労働基準法第89条は、常時10人以上の労働者を使用する事業主に就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出る義務を課すと同時に、それに記載しなければならない項目を定めていますので、新たな法律ができたり、内容が修正されたりすれば、それに応じて就業規則に追加したり、改めなければ労働基準法違反となってしまいます。法律が変わってから対応していたのでは、会社の長期的事業計画に問題も生じかねませんので常に社会の動きを見ながら対応を考えておく必要があるといえます。まだ、先の話ですが、裁判員制度の実施に伴い、裁判員に選ばれた労働者に対する休暇をどのようにするかの問題などがいい例かもしれません。大企業ではすでに作成しているところもあります(えくれしあ第46号)。また、労働基準法は、就業規則を作成するだけではなく、「見やすい場所への掲示」、「備え付けること」、「書面を交付することなど」その他の方法で従業員に周知させなければならない(第106条)としていますし、また、就業規則を作成するときは、労働者の過半数を代表する者の意見を聴く義務を事業主に課しています(第90条)。作成しても引き出しに入れていたのではダメ、労働基準監督署に提出しただけでもダメ、従業員に周知していなければ事業主は、労働基準法の手続き違反として罰則を受けることになります。こうした要件を欠いた就業規則が有効であるかどうかには難しい問題がありますが簡単に触れておきます。

(1)

 届け出ていない就業規則については、@単純に届出を失念しているものと、A労働基準法の規定を無視し、事業主さんが自分の思いで作成し、適用しているものとがあります。後者の場合、「就業規則はある」といわれますが、労働基準法等との齟齬が多く、効力の程が疑われます。前者のように労働者代表の意見も聴き、実際に適用されているものであれば就業規則としての効力があるといえます。ただ、届出義務違反としての罰則は受けることになります。

(2)

 労働者の意見を聞いていないが実際に適用されている就業規則についてはどうでしょうか。就業規則作成の手続きとして第90条は労働者の過半数で組織する労働組合またはそれが無い場合には労働者の過半数代表者の意見を聴き、それを証明する書類を添付して労働基準監督署に提出するように定めています。しかし、聴取する内容についてはまったく触れておらず、通達で次のように示されています。「就業規則に添付した意見書の内容が当該規則に全面的に反対するものであると、特定部分に関して反対するものであるとを問わず、又その反対事由の如何を問わず、その効力の発生についての他の要件を具備する限り、就業規則の効力には影響がない。」(昭24.3.28 基発373号)要するに、就業規則は事業主の思い通りのものを作成してよいということになります。しかし、これまでの内容を労働者の不利益になるように変更する場合には労働契約の変更という問題とも関係してくるので勝手に変更しても無効といわざるをえません。また労働組合がある場合には、就業規則と同様の内容が労働協約で定められています。事業主さんが、就業規則を勝手に変更することは可能でしょうが、労働基準法は第92条で労働協約に違反する就業規則の該当部分については無効とし労働協約の内容を優先させるとしていますので勝手に変更しても意味がないことになってしまいます。

(3)

 労働基準法の手続に基づいて労働者代表の意見を聴いて、労働基準監督署に提出しているとしても、引き出しに仕舞い込んで労働者に周知することをしていない場合はどうでしょうか。第106条で「法令等の周知」として就業規則等いくつかの項目が列挙してあります。周知の要件としては、「就業規則等を労働者が必要なときに容易に確認できる状態にあることが「周知させる」ための要件である」(平11.3.31 基発169号)とされています。その方法として、見やすい場所への掲示、業務単位ごとの備付け、就業規則の配布があります。またパソコンからいつでも見ることが出来る体制でも構いません。こうした手続きがとられていないと、「就業規則が法的規範としての性質を有するものとして,拘束力を生ずるためには,その内容の適用を受ける事業場の労働者に周知させる手続が採られていることを要するものというべきである。」(フジ興産事件 最高裁 平15.10.10)との判例に従って無効となるといわざるをえません。