労働審判制度
〜フィリピン人労働者解雇事例から〜



 先日新聞に廿日市市でベトナム人研修生が労災事故で死亡したとの新聞記事がありました。これと前後して呉市と黒瀬町でも研修生の労災事故が発生したとの情報が寄せられてきました。呉市のものは会社が研修生に対して手厚い処遇をしていることから心配はないのですが、黒瀬町の事故については、仕事中に手の親指を負傷(負傷の程度は不明)したとのことですが会社から自転車で転んだことにするようにと指示があり健康保険で治療しているようでした。どこの会社かは教えてもらえませんでしたが、怪我の程度が酷く、帰国させられるようなことになった場合には、労働基準監督署に申告しなければ本人が多大な損害を蒙ってしまうので注意しておくように話しました。情報は有ってもそれがどこかを教えてもらえない状況があることに問題が無いとはいえないのですが、それぞれ自分の立場もあり止むを得ないのかもしれませんし、こちらとしても小さな問題まで対処していれば身動きが取れなくなってしまうため聞き流しせざるを得ない面もあります。また前号で扱ったイズミが今度は時間外未払い問題に対する労働基準監督署の度重なる指導に従わなかったことから書類送検されたと報道されたように労働法違反は大企業零細企業問わず広く行われていることは寂しい限りで、労働者自らが勉強して権利の主張をしなければならないのかもしれません。


 労働者が自らの権利を守る方法としては労働基準監督署への申告、労働局の紛争調整委員会そして労働審判制度の利用があります。労働審判制度については代理人には弁護士しかなれず費用の点から敷居が高いとの気持ちを持っていたところ、えくれしあ第83号で報告した「平成21年外国人労働問題報告」の中の「5.G (男・定住者)」の事例が解雇した会社側から「有効に解雇は成立しており休業補償債務は存在しない。」と申し立てられました。解雇無効との団体交渉の過程で解雇予告手当を一方的に支払ってきた後は交渉の場に着かずこのままうやむやのまま終わってしまうのかと危惧していたところでした。この労働審判を通じて弁護士を付けなくても申立書を確りと作成しておけば当事者だけで十分対応も可能であり積極的に利用すればいいとの実感を持つことが出来ましたので、今回の事例を通して労働審判制度の概略を紹介します。


 この事例の概略は次のようなものでした。
(1)

 当初の労働契約は平成19年12月17日から1年間で、2年目は自動更新されていた。

(2)

 賃金減額の申し出があったが拒否していたところ一方的に平成21年9月分賃金を減額された。

(3)

 「働く者の労働相談室くれ」に相談し、相談室が交渉を求めて再三連絡しても無視されており、スクラムユニオンひろしまに加入し、10月20日付けで団体交渉の申入書を送付する。

(4)

 10月21日(賃金締切日の翌日)終業後突然解雇される。解雇予告手当の支払は無く、「大幅な不況により、請負業務が激減しており、一部業務の縮小をせざるを得なくなったため」と記載された「即時解雇通知書」を渡されただけだった。(9月には親会社の職長であった者を雇用している。)

(5)

 10月27日第1回目の団体交渉。@契約期間途中であること、A整理解雇の要件(注1)を満たしていないことなどから解雇無効であり撤回する旨申し入れる。

(6)

 11月10日第2回目の団体交渉。本日解雇予告手当の支払いを行ったと報告があり、解雇無効の交渉中であることを告げるが解雇の撤回はしない、次回、本人の意向を聞きたいとのことでセッティングすることとなる。

(7)

 11月20日第3回目の団体交渉。本人通訳等そろっている中、葬式があるためいけないと電話があり、これ以降再三連絡するが交渉を拒否されてきた。

(8)

 第3回団体交渉の日、本人から福山の会社に就職したと報告があり、この日まで1か月分の休業補償を請求することで意思統一をおこなった。


 上記の状況から会社は休業補償を支払う必要は無いとの労働審判を申立ててきました。労働審判は、平成16年4月に成立し、平成18年4月から施行された労働審判法に基づいて行われる労使紛争の解決を図るもので、3回以内の審判で結論が出され、決定内容は裁判と同様の効力を持つというものです。労働審判に申立てるのは労使何れでも構いませんが、一定の書式に従った申立書を管轄の地方裁判所に提出します。それに基づいて40日以内に労働審判が開催されることになります。相手方に対しては申立書の写しと審判の期日が連絡されますので、相手の申立内容に対する答弁書を提出することになります。審判当日は1名の労働審判官と2名の労働審判員が申立書と答弁書に記載されている事実関係の確認を行った後は口頭でどのように決着を付けるか調停していくことになります。早ければ1回目での終了も可能といえますし、調停が整わなければ第3回目で審判が下されることになります。労働審判で決定された調停や審判内容は法的な効力が生じますので、履行されなければ財産差し押さえ手続きがとられることになります。もし審判に異議があれば2週間以内に異議申し立てを行うことによって労働審判は失効して地方裁判所の裁判に移行することになります。


 今回の労働審判の経過をみると、平成22年2月の終わりにスクラムユニオンから交渉の件で連絡をしたところ3月2日に労働審判があると告げられ、あわてて本人に確認を取っても日本語が読めないため裁判所からの手紙は放置されており、しかも申告書の写しと審判期日を記載した書類は見当たらず労働契約書等の付属書類だけしか手元にありませんでした。取り敢えず申立ての詳しい内容も分からないまま労働審判に出席することになりましたが、直前になって本人の出席が不可能になり、本人不在のまま開催され、申立人(会社)に申立書に基づいて確認が行われました。相手方(労働者)本人がいないため発言を求めると、証拠として採用しないが経過について説明が許されました。この審判の中で、労働審判官から、通常であれば労働者が申立てるのであるが今回は逆であること、会社側がいくらかの解決金を支払う必要があるのではないか、また申立人が弁護士に相談したところ「一切支払う必要がない。」といわれているとの発言に対して、それなら労働審判に訴えず拒否しておけばよかったのではないかとの発言がありましたが、相手方不在では進めようがないため次回の期日を決めて終了しました。


 2回目の審判開始時に答弁書を提出し、その確認が行われ、相手方も事実であることを確認し、具体的な証拠の提出はなく整理解雇の必要があったことを付け加えました。この後、申立人(会社)から審判は別々に行ってもらいたいとの申し出があり、申立人が退出し、審判官から妥協できる額はどの程度かとの質問があり、80%程度と回答して退出し、再度入室すると申立人(会社)は10万円といっている。転職後の賃金等の質問があった後、再度解決金の額について問われ60%程度は必要と答え、別室に移動していると、労働審判官が来室して20万円までなら出すと譲歩してきていると告げられ、その額を受諾することにしました。そして入室し双方が揃ったところで調停の内容の確認がされて閉会となりました。数日後、裁判所書記官から「第2回労働審判手続期日調書(調停)」が送達されてきました。これを見ると休業補償の債務は存在しないことを確認した上で、、申立人(会社)は解決金として20万円支払うように記載されていました。


 休業補償が存在するのかどうかについては微妙な問題があるといえます。(注2)解雇無効を訴えているのですから解決するまでの休業補償を請求するのは当然といえますが、解雇予告手当を遅ればせながら支払ってきたことから解雇が成立しているともいえます。既に再就職していることからこうした微妙な問題については問わず解決金として処理されたと考えられます。労使間の紛争についてはこうした場に持ち込まれれば金銭解決しかないというのが労働問題の専門家の常識です。「弁護士が支払う必要がないといったのなら、労働審判に申し立てず突っぱねればいいのではないか。」との労働審判官の言葉通りに申立人(会社)がしていればこの事件はピリオッドが打てないまま終わってしまっていたでしょう。


 これまで労働審判は弁護士を代理に立てなければいけないと思い込んでいたところ今回の経験からその必要はなく、労働法を踏まえて論点を整理した申立書を作成したうえで、本人に労働審判の進め方を説明しておけば後は労働審判官が中心となって進めていくのでその指示に従っていればいいだけと分かりました。今回の審判は単純な事件であるため本人が第1回目の審判に出席していればその日に終わっていたはずですし、申立費用も、請求金額が40万円〜50万円の間であるため2,500円しかかかりません。本来のあり方、労働者が申立人であれば労働審判の費用も相手の負担としての申立ても可能となります。早く、安く、確実な結果が出ることに加えて残業代未払いなどについては付加金(注3)の請求も可能ですので労働者にとって利用するメリットは大きく積極的に利用すべきものだといえます。


(注1) 整理解雇が有効とされるためには原則として次の4つの要件を満たしておく必要があります。
 @ 人員整理をおこなわなければならない業務上の必要性があること
 A 整理解雇をおこなう前にこれを回避する努力がとられていること
 B 整理解雇される人員を選ぶ基準に合理性があること
 C 解雇手続きにおいて、労働組合との協議や本人に対する説明などが十分に行われていること


(注2) 解雇され、それを無効として争う場合、最も有効なのは裁判所に地位保全の仮処分申請を行うことといえます。認められれば解決するまでの間会社は賃金を支払う義務が発生します。今回の場合のようにこれを行わず交渉している最中に解雇予告手当を支払ってきた場合、解雇が成立するかどうかについて厚生労働省労働基準局は「使用者が即時解雇を固執する場合には、解雇は無効であり、労働者に予告手当を請求する権利が発生すると解する余地はないし、逆に使用者が即時解雇を固執しない場合には、民事的には30日経過後又は所定の予告手当を支払った時点で本条に基づく解雇の効力が生ずると解されるので、これとは別に労働者に予告手当の請求権が生ずると解する余地はない。もちろん、30日経過後に解雇の効力が生ずるとした場合、その間使用者が労働者を就労させなければ賃金又は休業手当の支払い義務が生ずることは当然である。」(労働基準法上P293)と解説しています。しかし、この場合、労働契約法第十六条「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」に違反していないことが前提となると考えられます。そのため整理解雇の要件を満たしていないため解雇は無効であると主張しており、解雇予告手当振込み後すぐに受領する理由が無いとの内容証明郵便で振込先を照会しました。もう一つこのあたりのことがすっきりと納得できていません。


(注3) 第114条に付加金の対象となる賃金が定められており、解雇予告手当、休業手当、割増賃金、年休使用に対する賃金未払いの場合には、「使用者に対して、労働者の請求により、これらの規定により使用者が支払わなければならない金額についての未払金のほか、これと同一額の付加金の支払を命ずることができる。」