採用時の労働条件の明示義務



労働条件を明示せず

 広島中央労働基準監督署は1日、飲食店経営会社「イズミ・フード・サービス」(本店・広島市西区)と、同社の経営する南区内のドーナツ店の元店長の男性(33)を労働基準法違反(労働条件の明示)容疑で地検に書類送検した。/発表によると、元店長は2月下旬、アルバイトの女性を採用する際、労働時間や賃金などの労働条件を書面で提示しなかった疑い。口頭で週5回の勤務を約束したが、女性は2週間で3日しか勤務がなかったという。(読売新聞21.7.2)

   労働条件通知書交付違反で指導されることは少なくは無いとしても書類送検されるというのは非常に珍しい事例といえます。労働基準法違反に対して労働者は法第104条(注1)に基づいて労働基準監督署に申告することが出来ます。労働基準監督署は申告の情況を調査し、違反があれば是正勧告し、会社がそれに基づき正しい手続きを行えばそれで一件落着となるはずですが、書類送検されるとなれば是正勧告に従わなかったのかなにか別な原因があったのかもしれません。
 この例で分かるように地検に送検されることになれば労働基準法の該当条文ごとに定められている懲役刑や罰金刑が課せられることになります。労働基準法はただ最低の労働条件を定めただけの法律ではなくそれを実効のある法律とするため懲役刑や罰金刑を定めている刑法であるということを忘れてしまうとこうした事態に陥って仕舞うことになりかねません。ちなみに法第15条労働条件明示違反については30万円以下の罰金刑が定められています。最も重い罰則は法第5条強制労働の禁止違反で1年以上10年以下の懲役又は20万円以上300万円以下の罰金です。外国人労働者の場合、パスポートの取り上げや強制貯金そしてさまざまな恫喝的な言動などによって拘束された情況にあればこの条文違反に該当すると考えられます。
 労働条件通知書とはどのようなものか見ていきます。これは労働契約書ではないことを知っておく必要があります。会社に就職することは当然労働契約を締結することになりますが、契約書を交わす必要があると労働基準法は定めていないため口頭でも構いません。しかし使用者に対して弱い立場にある労働者にとって口約束では後日不利益を蒙りかねませんので労働基準法は主要な労働条件については文書で交付しなければならないと定め、労働基準法施行規則で実際に明示しなければならない事項を下記のように定めています。
明示しなければいけない事項
決まりがあれば明示しなければいけない事項

(1) 労働契約の期間に関する事項
(2) 就業の場所及び従事すべき業務に関する事項
(3) 労働時間・休日・休暇・交代制に関する事項
 @ 始業及び終業の時刻
 A 所定労働時間を超える労働の有無
 B 休憩時間
 C 休日
 D 休暇
 E 就業時転換に関する事項
(4) 賃金並びに昇給に関する事項
 @ 賃金の決定
 A 計算方法
 B 支払の方法
 C 賃金の締切
 D 支払の時期
 E 昇給に関する事項
(5) 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)

(1) 退職手当に関する事項
 @ 適用される労働者の範囲
 A 退職手当の決定
 B 計算方法
 C 支払方法
 D 支払いの時期
(2) 臨時の賃金・最低賃金等に関する事項
(3) 食費等その他負担に関する事項
(4) 安全衛生に関する事項
(5) 職業訓練に関する事項
(6) 災害補償・業務外傷病扶助に関する事項
(7) 表彰および制裁に関する事項 (8) 休職に関する事項

 新聞記事の場合こうした内容を記載した文書の交付をしなかったことになります。また口頭で交わされた労働契約では週5日勤務であったのに2週間で3日しか勤務が無かったのはどのような理由からか分かりませんが会社の都合によるものであれば法26条の規定によって平均賃金の60%の休業手当を支払わなければなりません。しかし労働条件通知書がなければどのような労働条件で採用されたのか分かりませんし、双方とも勝手なことを言い出せば収拾が付かなくなってしまいます。この会社のホームページによると従業員数は1800名(正社員161名、パートナー社員77名)という規模の会社ですから、パートを採用する場合の労働条件通知書の労働日、労働時間そして時間単価の欄を空欄にしたものを書くお店に配布しておけば済むのにそれすらなされていなかったことになります。ファーストフード店では「名ばかり管理職」の問題も大きく取り上げられたことがありますし、全従業員の約87%がパートであるという情況から労働者は使い捨てるという感覚しかなかったのかもしれません。
 ただ形式的に交付し、その内容に思いがけない誤りがあればそこを突かれて無用の出費を強いられることも生じます。外国人技能実習生の労働条件通知書を巡るトラブルに次の二つのものがありました。
 一つは、所定休日の割増賃金が35%と記載されているにもかかわらず25%で支払われており10%の追加支給を求め清算した例があります。単純な記載ミスだと思っていますが、記載されている以上に文言に拘束されてしまわざるを得ません。また、住宅費を水道光熱費を含めて2万円と定めていたものがありました。この例は研修生時代の時間外手当の問題(残業代を500円/時間で計算)でトラブルが生じると家賃と水道光熱費の実費全額を技能実習生が負担するように求めてきた報復的な処置でした。当然合意が得られなければ契約内容の変更は出来ないことして撤回させました。
 労働条件通知書は記載内容をしっかり検討しないまま形式的に渡しておけばよいという扱いをしていると思わぬしっぺ返しを受けることとなってしまいます。
(注1) 第104条 事業場に、この法律又はこの法律に基いて発する命令に違反する事実がある場合においては、
   労働者は、その事実を行政官庁又は労働基準監督官に申告することができる。