メンタルヘルス・マネジメントとは



 メンタルヘルス・マネジメントを「心の健康管理」と訳しても具体的なイメージが沸かないのですが、日本語よりもカタカナの方がなんとなく理解し易いように感じてしまいます。心の問題となるとついつい体育会的な精神論に結び付けて考えてしまい、客観的に考えるというよりも、これまでの自分の生き様を基本として相手にも当てはめてしまうからかもしれません。団塊の世代やそれ以前の世代の人たちが過してきた社会や企業風土と現在の状況は大きく変わってきていますし、価値観、雇用環境も様変わりとなっています。病気にしても個人的な問題であったものが、高血圧や心臓病等いくつかの病気が成人病といった一群のものとして捉えられるようになり、生活習慣病と呼称変更され、それらの基礎的な原因としてメタボリックシンドロームという言葉が出現し、メタボ検診がクローズ・アップされるようになり企業や健康保険の保険者側にも配慮する責任があるといった考え方に変わってきています。メンタルヘルスにしても同じで、個人的な問題から、企業側にも配慮義務があるとの考え方に変わり、メンタルヘルス・マネジメントの重要性がクローズ・アップされてきたといえます。
 このあたりの行政の動きについては、昭和63年に「こころとからだの健康づくり(THP)」、平成4年に「快適職場づくり」などの取組みがなされ、平成12年に「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」でメンタルヘルスの問題が取り上げられて関心が高まり、平成18年の労働安全衛生法の改正に併せてより詳細な内容を伴った「労働者の心と健康の保持増進のための指針」が出されることとなりました。前指針は原則的な実施方法を定めたものでしたが、新しい指針では、労働安全衛生法第70条の2第1項に基づいた指針と明確に位置づけられ、事業主にも、労働者にも指針を守る努力義務が課されました。この背景には、平成11年に「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」が出され、精神疾患での労災申請件数が急増したという背景もあるといえます。
 では、企業としてどのようにメンタルヘルス・マネジメントに取り組んでいくかとなれば平成18年の指針に基づいて実施していくことになりますが、その前に、次の3つの視点から取組みの重要性を理解しておかなければ形だけのものとなってしまいかねません。

  1.法令順守・企業の社会的責任の視点
  2.安全(健康)配慮義務の的確な履行(リスク管理)の視点
  3.人事・労務管理的視点から人的資源の活性化、労働生産性の向上(経営戦略)の視点

1.法令順守・企業の社会的責任の視点
 企業経営においても、私達が社会生活をする上においても法令順守は当然のことだといえます。意識することは無いのですが、なにを行うにも全て法律行為というのが現実ではないでしょうか。そこには意識して守らなければならない法律もありますし、法律と関係するとしても社会活動をする上において配慮しなければならないという問題もあります。偽装表示の問題など両者が渾然一体となった問題でしょう。メンタルヘルスメ・マネジメントは企業内の労働者に対する問題ですから、当然労働基準法や労働安全衛生法など法令順守の問題としての側面と同時に企業経営の利害関係者の立場にある者に対する社会的責任を果たしていくといった側面からも考える必要があります。
 「過労死」が世界に通ずる言葉となった時代においては、労働環境整備対策の一環としてメンタルヘルスの問題に真剣に取り組む宣言をするかしないかは、企業の社会的責任への取組みのバロメーターといえるのではないでしょうか。

2.安全(健康)配慮義務の的確な履行(リスク管理)の視点
 労働安全衛生法第66条の八は、事業主に残業時間が1ヶ月100時間を超え、かつ疲労の蓄積が認められる者に対する医師による面接指導を義務づけています。法令順守の問題からは該当者に医師による面接指導を行えば問題は無いといえます。しかしこの規定の背景には、脳・心臓疾患を発症した場合、残業時間が、発症前1ヶ月に100時間を超えていたり、過去6ヶ月の平均残業時間が80時間を超えていれば、業務と発症の因果関係が強いと判断されるという通達があり、労災申請まで視野に入れておく必要があることを示しています。
 12月8日に東京地裁で、過労自殺に対してJFEの関連会社に8千万円の損害賠償を命ずる判決がありました。この報道によると、過労死としての労災認定は既にされており、「大段裁判長は「男性はシステム開発の不具合発生のため、1カ月100時間を超える残業などの長時間労働や過大な精神的負担を強いられた」と認定。「会社は必要な人員配置や職務分担の見直しなど適正な措置を取る安全配慮義務を怠った」と指摘した。」とあります。労災申請をしていますので
 医師による面接指導もしておれば労働法上の問題はないといえます。裁判長は労働法違反があったから損害賠償を命じたのではなく、「会社は必要な人員配置や職務分担の見直しなど適正な措置を取る安全配慮義務を怠った」ことに対する責任を問うています。これは労働契約による権利義務関係から発生する信義則の問題ということになります。会社は労働契約に伴い働かせる権利を得ると同時に安全に働かせる義務を負うことになります。この義務が履行できなければ民法第415条の「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる」が根拠となっています。セクハラ、ハワハラ、嫌煙権などを巡っての会社に対する訴訟も同様だといえます。
 メンタルヘルスの問題は、労働法を守るかどうかの問題に止まらず、民法の規定に基づく安全配慮義務を十全に果たせる体制を構築することといえます。単なる「心の風邪」では済まされないものがあります。

3.人事・労務管理的視点から人的資源の活性化、労働生産性の向上(経営戦略)の視点
 企業が追求するのは当然利益ということになります。そのためには、技術開発と伴にあらゆる分野での生産性向上が至上命令ということになります。人件費の問題が大きなウエイトを占めることから成果主義賃金がもてはやされることとなりました。確かに、転職が当たり前の社会であればそれでもいいかもしれませんが、終身雇用と年功序列的賃金が当たり前の所に成果主義賃金や年俸制を導入すればいろいろな問題が発生せざるを得ません。企業の運営には生産性の向上、能力のある者への優遇措置は当たり前のことだといえます。しかし、能率ばかり考えていればいずれは限界に達してしまいます。むしろ効率の問題を重視する必要がないでしょうか。少ない人員の最適な組み合わせを考えることによって業務の効率化が図れるといえます。
 また、労働者は、生身の人間ですから調子を崩すことも当然あります。採用して以来、今日まで育て上げるのにどれほどの時間とお金を教育訓練にかけてきたか考える必要もあります。一端病気になれば、その間、仕事は停滞しますし、他の人では代替出来ない業務を担当している労働者であれば会社にとっては大きな損失となります。過去の投資費用、休業時に会社に寄与できない額、医療費、傷病手当金等の費用を合計すると莫大な額になるといえます。
 人のことを考えず生産性ばかり云々する職場は当然モラールが低くなり、活気を失っていきます。生産性の向上を図ろうとすれば、労働者一人ひとりのモラールの向上を図る必要があります。職場に活気があれば自ずと出勤率も、モラールも、生産性も向上するのではないでしょうか。メンタルヘルス・マネジメントでは、管理監督者の役割の一つとして労働者の「集団からのズレ」やその労働者の「常態からのズレ」への気づきを重視ます。こうしたことに管理監督者が少し注意を向け、適切説に対応することができれば職場の雰囲気は大きく変わるのではないでしょうか。
 メンタルヘルスの問題は衛生管理者や保健師さんを中心に考えられてしまいがちですが、労働者の命の問題に大きく関係しています。また問題の根っこには、労働時間の問題(注1)、人員配置の問題、医療的な対応の問題などが関係してくるため、一担当者また一つの部署の業務として行うには無理があるといえます。今見てきた3つの観点から、経営方針に明確に定め、全社員共通の問題として取り組む必要があるといえます。

(注1) 部署によっては、変形労働時間制や裁量労働制の導入により定型的な1日8時間、1週40時間を柔軟に活用することにより、労働時間の有効活用が可能となります。その知識があるのは労務担当の部署ですし、当然就業規則の変更も必要になります。このあたりのことについては、「えくれしあ第68号」の「メンタルヘルス・マネジメント検定試験1種から 〜時間外労働・休日労働の削減〜」を参照ください。