過労死と労災認定




医師自殺を労災認定
時間外労働、月最大259時間  水戸地裁判決


 勤務医だった男性外科医(当時29歳)が自殺したのは、病院での過重な勤務と精神的肉体的負担が原因などとして、父親(75)(東京都江戸川区)が遺族補償の不支給処分を決定した土浦労働基準監督署(茨城県)を相手取り、処分の取り消しを求めた訴訟の判決が二十二日、水戸地裁であった。松本光一郎裁判長は原告側主張を認め、処分の取り消しを命じた。原告側代理人によると、裁判で医師の自殺が労災認定されたのは初めて。

 判決によると、医師は、一九八九年十月から九二年三月までJA茨城厚生連土浦協同病院に勤務。同年四月一日、東京都内の病院に転勤したが、同七日、自宅で薬物自殺した。判決は、土浦で勤務した約二年半に月平均約百七十時間、最大約二百五十九時間の時間外労働があったと認定。心理的負担の重い時間外労働が原因で男性がうつ病になり、自殺したとした。

 父親は、九十七年四月、「自殺は過労やストレスが原因」などとして土浦労基署に遺族補償給付を請求したが、労基署は自殺と業務の因果関係を否定し不支給処分を決定。審査請求、再審査請求も棄却された。

(読売新聞平成17年2月23日)



 近年過労死(平成15年度157件)や精神的に追い込まれて自殺(平成15年度40件)する例が増えてきており、これらに対する労災認定のための取扱規定も整備されてきています。しかし、いくら労災認定されたからといって失われた命が返ってくるものではありません。会社にとっては壊れた歯車を取り替えれば済むかもしれませんが、残された遺族にとってはそんな簡単なものではないでしょう。家族の死が労災に認定されるか否かは、残された遺族にとっての生活に関する大きな問題が発生するとともに、殉職なのか、私傷病の結果なのかにより故人の名誉の問題もあるといえます。(注1)この新聞記事にあるように労働基準監督署で門前払いされ、裁判によって初めて労災認定される背景には、会社側が勤務実態を洗いざらい出してしまえば、安全配慮義務違反に問われ損害賠償請求の問題が発生しかねない、また、時間外手当未払の実態調査に入られることを恐れ、遺族に協力しないという実態があるのかもしれません。こうした事態を惹き起こさないためにも労働基準法や労働安全衛生法に基づいた労務管理、健康管理を行っていかなければならないといえます。

(注1) 3月27日付の読売新聞に、労働基準監督署から、夫の過労死に対する労災認定を否認され、その会社の時間外の状況等を独自に調査し、再審査請求という方法で6年7ヶ月の歳月をかけて勝ち取ったとの記事が載っていました。この事例は、裁判ではなく再審査請求という方法であるため、また取り上げたいと思っていますが、奥さんは「夫は激務で亡くなったのに、私が引き下がったら、仕事をしていなかったという会社側の主張を認めることになる。この裁決で、夫も少しは報われる」と述べられています。

 厚労省が「脳・心臓疾患の認定基準の改正について」という通達(平成13年12月12日付)で過労死に関する基準を公表していますので、この基準によって概略を見ていきます。
 この基準では、病気については、脳血管疾患(脳内出血・くも膜下出血・脳梗塞・高血圧性脳症)と虚血性心疾患等(心筋梗塞・狭心症・心停止・解離性大動脈瘤)の二つの疾患が業務による過重負荷により悪化した場合には労働災害と扱っていくとの方針をとっています。当然、無条件に認定されるものではなく、過重負荷となる要件を、

@発症に近接した時期における負荷と
A長期間にわたる疲労の蓄積とを考慮する

としています。主に時間外労働の問題が重要なポイントになるといえます。長期にわたる疲労の蓄積とは、「発症前おおむね6ヶ月」の期間における時間外労働の状況を問題としています。45時間の時間外労働を基準としてこれを超える度合いが大きいほど発症と業務の関連性が強まっていくとしています。さらに、発症前1か月間におおむね100時間又は発症前6ヶ月間にわたって1か月あたり80時間を越える時間外労働があれば業務と発症との関連性が強い。としています。一方、@の発症に近接した時期とは、発症前おおむね1週間が対象とされています。負荷度合いについては、特別数値は示されていませんが、長期間について示された内容を超える状況が想定されているといえます。さらに、近接した時期においては、不規則な勤務、出張の多い勤務、交替性勤務・深夜勤務、作業環境、精神的緊張を伴う業務についていたかどうかも考慮されることになります。

 この新聞の事例は、これまで見てきた内容に加えて、精神的な疾患と自殺という二つの問題があります。精神的疾患については、個人的な側面や既往歴の問題もあり、また、対象となる精神障害の問題もあるため「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(平成11年9月4日付)により精神障害と業務上災害との関連の判断基準が示されています。この指針でも過労死の場合と同様に「恒常的な長時間労働が認められる場合には十分に考慮する。」とされています。これに続けて、「仕事の質の変化」、「仕事の責任の変化」等を挙げていますが、これらは「考慮する。」となっており、恒常的な長時間労働が重視されています。

 つぎに自殺との関連性では、「多くの精神障害では、精神障害の病態としての自殺念慮が出現する蓋然性が高いと医学的に認められることから、業務による心理的負荷によってこれらの精神障害が発病したと認められる者が自殺を図った場合には、精神障害によって正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定し、原則として業務起因性が認められる。」として業務上災害認定への道が開かれています。

 業務上災害で労災認定するか否かの判断基準としては、「業務遂行性」と「業務起因性」が伴に認められなければなりませんが、過労死や精神的疾患による自殺の場合には、必ずしも仕事中に亡くなる訳ではないため業務遂行性の問題は業務起因性に包摂されていると考えられます。しかし、法第12条の2の2は「労働者が、故意に負傷、疾病、障害若しくは死亡又はその直接の原因となった事故を生じさせたときは、政府は、保険給付を行わない。」と自殺については、支給を制限していましたが、指針の公布と同時に「業務上の精神障害によって、正常の認識、行為選択能力が著しく阻害され、又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたと認められる場合には、結果の発生を意図した故意には該当しない。」との通達により精神障害による自殺は給付制限から除外されました。

 これらのことから、この記事の事例では、「約二年半に月平均約百七十時間、最大約二百五十九時間の時間外労働」とあるように信じられないような過酷な時間外労働によるストレスがうつ病を引き起こし、その結果として自殺に至ったとの見解から労災認定されたものといえます。

 労災保険の給付の概略に触れておきます。労災保険は、原則、業務上の災害と通勤災害の二つを対象としており、治療代としての療養(補償)給付、休業し賃金がなくなった場合の賃金保障としての休業(補償)給付、治癒したあとに障害が残った場合、障害の程度に応じて障害(補償)年金又は障害(補償)一時金、不幸にしてなくなられた場合の遺族(補償)年金や遺族(補償)一時金及び葬祭料(葬祭給付)等があります。最も重い障害が残った場合の障害(補償)年金についてみると、過去3ヶ月の平均賃金が1日1万円だったとしたら、1万円×313日=313万円の障害(補償)年金が給付されます。ちなみに、この会社が商事会社で年間の賃金総額が1000万円と仮定すれば、年間の労災保険料は、1000万円×1000分の5=5万円となります。給付の内容に対してわずかな保険料といえます。