労働慣行・懲戒解雇 ほか〜 新聞記事から

元マツダ社員ら不当解雇と提訴「試作車部品流用は慣行」

  自動車メ−カ−「マツダ」(府中町)の研究開発部門の元社員七人が十八日、スクラップにする試作車の部品の私的流用を理由に不当解雇されたとして、同社を相手取り、解雇無効と慰謝料計約1400万円などの支払を求める訴えを地裁に起こした。
 訴状によると、七人は1973-91年に入社。1995から昨年まで、スクラップにする試作車のタイヤやアルミホイ−ルなどを自分や同僚らの車に取り付けていたところ、今年四月に物品の無断処分などを禁じた就業規則違反にあたるとして懲戒解雇された。
 原告側は、「三十年前から、年間50-200万円分のサ−ビス残業の代償としてスクラップ部品の利用は慣行化し、会社も容認していた」とし「マイカ−に取り付けて性能を調べることは開発業務にも有益なうえ、スクラップ費用も減る」と主張。さらに「会社側は現場検証といって他の社員の前を連れ回し、人権を侵害された」としている。
 同社広報渉外本部は「訴状を見ていないのでコメントできない」としている。(読売新聞H16.6.19)

 小さな新聞記事ですが、興味深い問題がいくつかあります。まず、「解雇無効の訴え」にはどのような流れがあるか、「試作用部品を自動車に取り付けて市街地を走行すること」に問題はないのか、「現場検証と人権侵害の問題」等興味深い問題がありますが、ここでは、労働法に関する問題点(上記青字の部分)について考えてみましょう。問題点を整理すると、(1) 就業規則と労働慣行の問題、(2) 懲戒解雇の問題、(3)サ−ビス残業と現物給与の問題(所得税・社会保険料との関係も出てきます)などがありますが、この裁判は「就業規則と労働慣行の問題」と「懲戒解雇に至る経緯」を中心に展開すると思います。しかし、新聞記事は労働者側の言い分だけであり、結果のみ触れているので、それにいたる経過が分かりませんし、自動車メ−カ−の研究開発部門ともなれば、スクラップから企業秘密が漏洩することも十分予想されますので、裁判を通じて、使用者側が、新聞記事に現れていない懲戒解雇に至った重大な理由を提出してくるかもしれません。

(1)就業規則と労働慣行の問題
 労働慣行の問題にはいろいろなケ−スがあります。まず、就業規則自体の規定が明確ではなくいろいろな解釈が出来る場合、また、就業規則に全く規定がない場合などがあります。前者の場合、一定の解釈のもとに運用しているのであれば労働慣行として認められる可能性もあるでしょうが、後者の場合には、早急に就業規則に明記すべきでしょうから、放置したまま何らかの扱いをしていたとしても規定していない以上、禁止事項と解釈し、労働慣行として認められることは難しいのではないでしょうか。労働慣行について、労働基準法をはじめとして労働法では規定がありません。民法第92条には、「法令中ノ公ノ秩序ニ関セサル規定ニ異ナリタル慣習アル場合ニ於テ法律行為ノ当事者カ之ニ依ル意思ヲ有セルモノト認ムヘキトキハ其慣習ニ従フ」との規定がありますが、最高裁の判例はそれだけでは十分ではないとし、次のように述べています。「民法92条により法的効力のある労使慣行が成立していると認められるためには、同種の行為又は事実が一定の範囲において長期間反復継続して行われていたこと、労使双方が明示的にこれによることを排除・排斥していないことのほか、当該慣行が労使双方の規範意識によって支えられていることを要し、使用者側においては、当該労働条件についてその内容を決定しうる権限を有している者か、又はその取扱いについて、一定の裁量権を有するものが規範意識を有していたことを要するものと解される。」(最高裁 商大八戸ノ里ドライビングスク−ル事件)、また、「電車区長が勤務時間内の洗身入浴を認め、右洗身入浴が長期間に亘って反復継続していたとしても、就業規則を制定改廃し得る者がこれを明示又は黙示に是認しない限り、法的効力を有する慣行が成立していたものと言うことはできない」(東京地裁 国鉄池袋・蒲田電車区事件)。簡単にまとめると、@長期間反復継続して法規範として定着していること。A労使ともに法規範として認めていること。B使用者側の労働条件の決定権者、またはその裁量権を有する者が法規範として認めていること、となります。
 従って、この事件にあてはめていくと、スクラップの私的流用を研究部門全員が行っていたのか、行わないにしても当然のこととして批判的見方をしていなかったのか、「会社も認めていた」とは、誰が認めていたのか、研究開発部門の責任者か、課長か、係長か、ということになります。しかし判例でみたように就業規則(=労働条件)の決定権者となれば、普通は人事なり労務担当役員以上の者でしょうが、研究開発部門は特殊な部門であり、研究開発部門独自に就業規則を制定しておれば話しは違ってくるかもしれませんが・・・。

2.懲戒解雇の問題
  懲戒解雇については、平成16年1月1日付けで、労働基準法に「第18条の2 解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」との規定、及び、「第89条 三 退職に関する事項(解雇の事由を含む。)」の( )の部分が追記されたことにより、解雇する場合の具体的な事由を就業規則に記載することが必要となり、記載されていない事由では解雇できなくなりました。
  解雇には、普通解雇、懲戒解雇そして整理解雇がありますが、懲戒解雇は労働者にとっては、最も重くかつ重大な問題もあるでしょうから、使用者には、それなりの明確な説明ができなければいけないと思います。勤務中に泥酔し、刃物を持って、人に危害を与えたり、いくら注意しても無断欠勤が改まらない場合などであれば、懲戒解雇も問題ないでしょうが、この事件では、「物品の無断処分などを禁じた就業規則違反」との理由だけでは、厳し過ぎるのではないでしょうか。「会社の企業秩序を紊す重大な規則違反であり、そのような原告を、企業内に残しておくならば、被告の企業秩序維持は困難となるから原告から排除されてもやむを得ない」(東京地裁 日本コロンビア事件)との判例もありますが、使用者には、労働者を指導監督する義務も当然あるので、懲戒解雇に至るまでに使用者が再三注意していた事実があり、減給なり、出勤停止なりの懲戒処分があったのならば問題はないかもしれませんが、そうした事前の処分もなく、悪弊を廃止するための見せしめ的な懲戒解雇であれば問題があるといわざるを得ません。
 
3.サ−ビス残業と現物給与の問題
 マツダでは残業したとしても時間外手当がもらえないのか、または一定時間を超えた部分はサ−ビス残業となるようになっていたとすれば、組織ぐるみの労働基準法違反であり、研究開発部門だけの問題に止まらず全社的に労働基準監督署の調査がはいれば億単位の時間外手当の支払が生ずるかもしれません。また、サ−ビス残業の代償としての現物給与だったとしたら所得税の課税の問題、労働保険料や社会保険料との関係などいろいろな問題が発生してくると考えられます。
 また、賃金は通貨で支払わなければならないと労働基準法は定めており、例外の一つに労働組合との労働協約があれば現物給与も可能とありますが、まずこのようなことは考えられないので法24条の賃金支払の5原則違反として30万円以下の罰金に該当するでしょうし、時間外手当を支払っていないとすれば、6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金が科せられるかもしれません。
 会社にとっては、この裁判の勝ち負けよりもこの裁判をきっかけとして労働基準監督署が時間外手当未払いの調査に入ってくるほうが怖いのではないでしょうか。ちなみに過去の新聞記事をみると、武富士がサ−ビス残業の未払い訴訟をきっかけとして過去2年分35億円の時間外手当を支払い、中部電力では65億2000万円、中国電力は労働組合の調査から1億3800万円の時間外手当の未払い金を支払ったとの報道がありました。また、金額は報道されていませんでしたがトヨタでもありました。

 簡単かつ一方的な報道ですから正確に問題点を捉えることは出来ないでしょうが、何気ないようなフレ−ズの中にも、上記のようないろいろな法律的問題点が見えてきますので、たまには新聞記事を細かく調べてみるのも面白いと思います。