辞令の交付は必要でしょうか

 私が大学生のころは、就職するといえば、大学の求人掲示板を見て、大学の就職課に応募し、学内での選考の結果によっては受験できないということがありました。当然、大学の推薦を受けて受験する訳ですから内定が出てしまうと、いくら行きたい会社から求人があっても受験できません。しかし、最近は、大学の推薦も必要ないし、むしろインタ−ネットを通じて学生が直接応募する形態に変わり、内定も複数受けその中から就職先を選択するような状態になっていると聴きました。人事担当者は、内定を出したものの確実に来てくれる保障は無く予定した人材が確保できるかどうか心配が尽きないようです。

 こうして採用され4月の入社式に臨むとそこで採用の辞令を交付されることになります。これ以後も転勤や昇格また退職の時にも同じように辞令が交付されます。特別、何も考えずにこうしたことを当たり前のことと受け取っていましたが、あるとき、病気療養中の者の欠勤が続き就業規則の定めで休職に該当している状況がありました。この場合、休職辞令が必要かどうか、必要なら遡って交付できるのかということが問題になりました。

 辞令に対する法律の定めがあるのか無いのかと調べていると、国家公務員については、人事院規則8-12の775条で、「任命権者は、次の各号の一に該当する場合には、職員に人事異動通知書(以下「通知書」という。)を交付しなければならない。」とされています。また、地方公務員法第28条は「職員の意に反する降任、免職、休職及び降給の手続及び効果は、法律に特別の定がある場合を除く外、条例で定めなければならない。」としており、辞令を交付しなければならないとはされていませんが、人事院規則に準じて、各自治体は「職員の分限に関する手続及び効果に関する条例」を定め辞令を交付しています。公務員の場合は、法律や条例で定められていますが、一般企業に対してはどのように判断すれば良いのかと調べてもそのような規定を定めたものは何もありません。休職に入るということは、雇用契約の変更ということとも考えられます。民法第623条 は「雇用は、当事者の一方が相手方に対して労働に従事することを約し、相手方がこれに対してその報酬を与えることを約することによって、その効力を生ずる。」とあり、雇用契約書を交わしたり、辞令を交付したりする必要性まで触れていません。お互いが納得すればいいということになります。しかし、労働基準法はこの民法の規定を、第15条で「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法(書面交付とされている)により明示しなければならない。」とより厳しく定めています。しかし、これはあくまでも、「採用時の労働条件を書面で渡してください。」といっているだけで、辞令交付とは意味合いが異なってきます。要するに辞令の交付については法律の定めが無いので交付するかしないかは各企業が勝手に決めればいいということになります。そうすると就業規則に辞令の定めが何も無ければ交付する必要はない事になります。このことに関して、「私企業における労働者からの雇用契約の合意解約申込に対する使用者の承諾の意思表示は、就業規則等に特段の定めがない限り、辞令書の交付等一定の方式によらなければならないというものではない。」(大隈鐵工事件最高裁昭62.9.18)との判例があります。しかし、就業規則に定めてはいないが、入社・退職の時に は辞令を交付しているけども、休職の場合には辞令を交付していない場合もあるかと思いますが。この場合、辞令を交付しないまでも就業規則により何時から休職に入り、休職期間満了日までに復職できなければ自動的に退職となる旨の通知は必要だろうといえます。

 就業規則に辞令交付が明確に規定されており、就業規則に定められている休職に該当しているにもかかわらず、休職発令の辞令を交付していない場合、遡って辞令交付しても構わないかという問題があります。この場合には、辞令を交付して初めて休職の効力が発生すると考えられ、遡っての辞令交付はできないことになります。しかし、何時何時から休職に該当するとの内示をしておけば辞令が遅れたとしても問題は無いと考えます。次に、辞令を郵送する場合はどうかと考えると、これも、「発信した時が交付した時」と考えるか、それとも「相手に辞令が到達した時」と考えるかの問題があります。この場合には、休職についての規定が就業規則にあることから、「発信した時が交付した時」と考えても良いだろうと理解しています。ただ、公務員の場合には行政処分ということになり、「相手に辞令が到達した時」に効力が発生するということになります。