就業規則の規定に係わる問題から
〜 懲戒解雇と退職金 〜



 就業規則は常時10人以上使用する事業場では、作成して労働基準監督署に提出する必要があります。10人未満の事業場ではこの必要はないのですが、高年齢者雇用安定法が改正され、平成18年4月1日以降、60歳の定年を定めている事業場では、65歳に定年延長するか、65歳までの雇用確保措置をするか、定年制を廃止するかのいづれかの措置を導入する必要が生じました。この法律の施行に当たってこうした措置を行った事業主に対して助成金の支給が行われました。これに併せて10未満の事業場が就業規則を定めて労働基準監督署に殺到するという現状がありました。助成金をもらうためといっては語弊があるかもしれませんが、いままでなかった就業規則を定め、従業員の労働条件を明確化するという意義があったといえます。しかし、就業規則に定められた各条文に問題があればそれを逆手に取られて事業主が損害を蒙るという場合も生じます。インターネットからダウンロードした就業規則を使用する場合も多いかもしれませんが、注意しなければならないのはそれが作成された日以後の法律改正に対応しているのかという問題があります。また、市販の手引書を利用する場合も同様で、どの時点までの法律改正に対応しているのか注意しておく必要があります。直近の法律改正に対応しているとしてもどの事業場にもそのまま適用できるものではありません。各事業場の業態や風土慣例等により文言を修正し、必要な内容を付加していかなければ問題のある就業規則といわざるを得ません。こうした問題とは別に、そこに記載されている条文自体に問題があるものが散見されることです。えくれしあ第52号で取り上げた死亡退職時の退職金の問題(注1)もそうでしたが。今回は懲戒解雇と退職金の問題をとりあげてみました。
 懲戒解雇は特殊な事例ですから退職金との関係といっても問題となることは少ないといえますが、過去いろいろ裁判沙汰となった例がありますので、そうならないように事前に対応しておく必要があります。
 今回の問題に関して、私が利用している市販の手引書には、「勤続○○年以上の従業員が退職し、又は解雇されたときは、この章に定めるところにより退職金を支給する。ただし、第○○条第○項により懲戒解雇された者には、退職金の全部又は一部を支給しないことがある。」と定められています。懲戒解雇する場合には、問題は無いといえます。しかし、使い込みのような懲戒解雇に該当する悪いことをしていた従業員が発覚を恐れて自己都合で退職した場合はどうでしょうか。退職後、当然、発覚するでしょうから、その時、自己都合退職を取り消して、懲戒解雇とすることが出来るでしょうか。合意の上で解約した雇用契約を遡って変更することは出来ませんので、前記の就業規則の規定であれば、盗人に追い銭ではないですが、退職金を支払わざるを得ない義務を自らが定めたといわざるを得ません。これに関して、次のような判例があります。

 退職金請求権が雇用契約から生ずる従業員の基本的な権利であることに鑑みると、その支払を拒めるのは、就業規則に定められた不支給事由が存在する場合に限定されると解するべきである。
 しかるに、証拠(乙二)によると、被告の就業規則には、懲戒解雇された者には退職金を支給しない旨の規定が置かれているが、懲戒解雇に該当する事由がある者には退職金を支給しない旨の規定は存在しないことが認められる。そうすると、原告らの退職前の行為に別紙就業規則所定の懲戒解雇事由に該当する事由があったとしても、懲戒解雇の手続を取らないまま(右手続を取ったことについての主張、立証はない。仮に、本訴で懲戒解雇の意思表示をしたとしても、原告らの退職の意思表示が被告に到達した日は、昭和六三年二月九日であって、第三の一の1で述べたとおり、原告ら、被告間の雇用関係は同月二四日に終了しているものであるから、その後に、懲戒解雇の意思表示をしたとしても、懲戒解雇の効果は生じない。)、右事由が存在することのみを理由として退職金の支払を拒むことはできないと解するべきである。

広麺商事退職金請求事件(広島地平2.7.27)

 従って、判決にあるように就業規則に定める条文を「懲戒解雇された者には」は「懲戒解雇に該当する事由がある者には」でなければなりません。こう規定することによって、退職の事由と、退職金支給事由が分離されることになり、退職金を支給している場合であっても、退職金の返還を求めることも可能となります。
 ここにあげた例は業務に関連した背信行為ですから当然のこととしても、飲酒運転による事故や電車内での痴漢行為など私生活上の問題を起こして懲戒解雇する場合については、

 電車内での痴漢行為を繰り返し、刑事罰を受け、懲戒解雇された社員の退職金については、退職後の生活設計の柱であり、懲戒解雇の理由が私生活上の行為であり、会社の被害が小さく、社員の在職中の勤務状態から見れば背信性の少ないものであるので、全額不支給は酷であり、退職金額の三割支給が相当である。
【東京高裁平15.12.11】


 との判例がありますが、この場合も、特殊な事例の場合、例えば、学校の先生で、しかもマスコミに引っ張りだこの先生であったら、学校の受けるイメ−ジダウンには計り知れないものがあり、全額不支給であっても問題はないかも知れませんし、平成18年に福岡市職員が起こした福岡海の中道大橋飲酒運転事故もそうです。こうした問題が発生すればその都度判断しなければならないといえます。
 また、次のような判例もありますので照会しておきます。

 「従業員についての重大かつ悪質な事由が死亡退職後に見つかり、当該事由が従業員が死亡する前に発見されていれば、懲戒解雇処分されていたことが確実であるような場合には、死亡退職した従業員の相続人が使用者に対し、死亡退職金の支払いを請求することは、権利の濫用としてこれを許さないことが公平正義にかなうものと解するのが相当である。
 これを本件についてみるに、亡A夫は被告の事務長として被告の経理面一切を取り仕切っていたところ、その権限を濫用し、平成2年1月から同13年9月までの長期間にわたり、参加人らの給与、賞与支払名下に合計1億円を超える金員を着服したのであり、しかも、被告の平成13年当時の負債額は16億円にも上るものであることに照らすと、亡A夫の相続人である原告らにおいて使用者である被告に対し亡A夫の退職金の支払を請求することは権利の濫用として許されないものと解するのが相当である。」
B.T病院事件(東京地平17.4.27)


(注1)ホームページの該当の機関誌また労働関係の中で参照できます。 http://srkomatsu.hp.infoseek.co.jp/