安全配慮義務について

 最近、安全配慮義務違反による損害賠償訴訟が認められたという判決が新聞に2件報道されていました。

 一つは、東京の江戸川区役所の職員が、分煙の徹底を申し入れても、対策がとられず、頭痛や血痰の症状が出るなどの体調不良となったことから、「他人が吸ったたばこの煙を吸い込む受動喫煙で肉体的・精神的苦痛を受けた。」として区役所を訴えた結果、裁判所は、「区には受動喫煙の危険性に配慮する義務がある。」と区の安全配慮義務違反に対しての損害賠償を認めたものでした(H16.7.12判決)。  もう一つは、第2次世界大戦中に中国から広島県山県郡の安野発電所建設工事現場に強制連行され、強制労働に従事させられた事件の判決でした(H16.7.9判決)。判決文には、「4.債務不履行(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償の可否 (1)・・・不衛生な状態で食事も十分に支給せずに長時間にわたり危険な重労働に従事させたものであって、このような被控訴人の行為は、安全配慮義務違反、すなわち債務不履行にあたる。」と書かれています。

 労働災害は仕事中に、仕事を行うことが原因となって発生した事故ですから、上記の受動喫煙や過労死などもその原因が仕事との関連性があれば労働災害ということになります。厳格にいえば健康配慮義務となりますが、広く考えて安全配慮義務違反=安全衛生配慮義務違反と考えていただければ良いかと思います。では、何に対する義務違反か、また、労災保険や他の法律との関係はどうなっているのかというあたりのことを見ていきたいと思います。

 労働をするということは、当然、就職することですから、そこに労働契約が発生してきます。労働契約の基本は、労働者にとっては労働力の提供であり、使用者にとってはその対価としての賃金の支払ということになります。それに付随していろいろな権利義務関係が発生してきます。これらは、就業規則の服務規律等に記載される業務命令、教育指導、守秘義務、兼業禁止、職場秩序維持や安全衛生管理に関する事項等です。したがって、安全配慮義務違反は労働契約違反ということになります。

(最高裁昭50.2.25 陸上自衛隊八戸車両整備工場事件)

 「国は、公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設もしくは器具等の設置管理又は公務員が国もしくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理にあたって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(以下「安全配慮義務」という。)を負っているものと解すべきである。もとより、右の安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職種、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的状況等によって異なるべきものであり・・。右のような安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」

 ただこうしたことがあるにしても使用者に安全配慮義務が無条件で課されているのではなく、発生した労働災害が予測できる範囲内のものか否か、また予測した危険性に対して社会通念上妥当と認められる程度の対策を施していたかどうかで責任の追及は異なってきます。もし使用者に安全配慮義務違反があれば冒頭の新聞報道のように損害賠償の問題が発生してきますが、これは労働基準法や労災保険法の関係ではなく民法の規定に基づくものとなります。労働契約は使用者と労働者双方に権利と義務の関係が発生しますので、当然のこと労働者に対しても、安全配慮義務違反の有無が問われることになり、場合によっては、過失相殺の問題も発生してきます。

民法

(債務不履行)
第415条 債務者カ其債務ノ本旨ニ従ヒタル履行ヲ為ササルトキハ債権者ハ其損害ノ賠償ヲ請求スルコトヲ得債務者ノ責ニ帰スヘキ事由ニ因リテ履行ヲ為スコト能ハサルニ至リタルトキ亦同シ
(不法行為の要件)
第709条 故意又ハ過失ニ因リテ他人ノ権利ヲ侵害シタル者ハ之ニ因リテ生シタル損害ヲ賠償スル責ニ任ス

 次に、労働者災害補償保険法との関係で見ていくと、業務中また通勤途上に災害が発生すると、それが業務上災害なり通勤災害と認定されれば、給付の事由が存在する限りは、労働者災害補償保険から必要な保険給付がなされます。一般に交通事故の場合には、被害者と加害者との間に過失割合の問題が発生し、総損害額×自己の過失割合分だけを負担することになりますが、これが業務上の交通事故であった場合には、被災労働者に対して労働者災害補償保険からは過失割合の有無にかかわらず全額保険給付がされることになります。先に安全配慮義務違反については労働者にも過失相殺の発生の可能性があると述べましたが、民法上の損害賠償についてであり、労働者災害補償保険法(保険給付)上では発生しないということになります。(注1)

 最後に、一つの労働災害事故を想定してみます。水道管か何かの埋設のため道路に大きな穴を掘削中の工事現場で、現場責任者が、法面が崩落しかかっているのに気が付きながら何らの対応措置も取らずジュ−スを買いに行っている途中に事故が発生し、穴の中の作業員が死亡、負傷した場合です。これまで見てきたように労働者災害補償保険からの給付の可否の問題、安全配慮義務違反に基づく民法上の損害賠償の問題が発生し、さらに現場責任者に対して業務上過失致死や業務上過失致傷、または殺人の意思があったとすれば殺人罪など刑法上の問題も発生してくることになります。  安全配慮義務については、当然のことと思われながらも労使ともになかなか厳格に運用できない面があります。多少作業能率が悪くなっても労働災害を起こさないようにしないとその代償はあまりにも大きすぎる結果を招きかねませんので注意が肝心です。

労働者災害補償保険

第一条 労働者災害補償保険は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害、死亡等に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行い、あわせて、業務上の事由又は通勤により負傷し、又は疾病にかかった労働者の社会復帰の促進、当該労働者及びその遺族の援護、適正な労働条件の確保等を図り、もつて労働者の福祉の増進に寄与することを目的とする。

(注1)
 労働者災害補償保険に該当する事故であっても、第三者が絡んだ事故(交通事故等)であれば、当然に民法第709条の不法行為による損害賠償の責任が発生しますので、相手方の過失割合分については労働者災害補償保険から相手方に求償していくことになります。歩行者と自動車の交通事故で歩行者の治療費と休業補償費で100万円かかった場合を想定します。過失割合が双方50%であったとすれば、労災事故でなければ、それぞれが50万円ずつ負担しますが、歩行者が業務中で労災事故に該当すれば、労働者災害補償保険は被災労働者(歩行者)に100万円全額保険給付し、50万円分は相手に求償していくことになります。結果として、被災労働者は一円も負担しないということになります。 蛇足ですが、この事故が労災事故でなかった場合には、歩行者が健康保険を使用するか否かで自分の負担する金額が変わってきます。健康保険を使用しなければ、当然50万円の負担が発生します。健康保険を使用すれば、医療費の3割部分(窓口での支払部分)を負担するだけで済むことになります。100万円のうち医療費が50万円であれば、その3割15万円を負担すれば、自分の過失金額50万円の残り35万円は健康保険が負担してくれることになります。医療費の計算は、健康保険では1点10円で計算しますが、労災保険では1点12.5円、健康保険を使用しない場合(自賠責保険や保険証を所持していない場合等)は、自由診療となり1点15円〜20円程度になり割高な医療費を支払うことになります。第三者傷害には、交通事故だけでなく、飼い犬に噛まれた、買った弁当や食堂で食中毒にあった、暴行を受けたなどがあります。相手に100%過失があれば健康保険を使う必要はありませんが・・・・。 ただし、こうした第三者傷害の場合は、健康保険に「第三者行為による傷病届」を必ず提出してください。