外国人技能実習生制度と恩顧


吉田舞
特定非営利活動法人 社会理論・動態研究所

1.何が問題とされてきたか
   これまで外国人技能実習生(以下、技能実習生)の問題は、「実施上の問題」と「制度上の問題」から捉えられてきた。そこでは、どのような人権侵害が起きているか、雇用条件や労働実態に、どのような違反や不正があったかという「人権問題」・「労働問題」の視点から制度の問題性が指摘されてきた。また、これらの対応として、改善のための方法が現場レベルと、政策レベルへの両方で模索され続けている。
 筆者自身、技能実習生の相談を受けるなか、これまで言われてきたような、過酷な労働実態や悲惨な人権侵害の現場を見聞きしてきた。これらはいわば、技能実習生を取りまく労働条件や法制度などの外的な側面である。しかし、技能実習生と話をしているうちに、他の問題が見えてきた。それは、技能実習生の労働や生活における内的な側面である。具体的には、実習生と日本人の上司や同僚の間にある「恩顧」の関係である。

 「恩をあだで返されたような気持ち」「(そのような仕打ちをされるような)心当たりがない」「家族のように接していたので、びっくりした」「あんなに親切にしたのに、裏切られた」

 外国人労働者が雇用主に対して何かしら抗議をしたり、労働環境・条件の改善を求めて訴えた場合、受け入れ先の上司や同僚からはこのような言葉が聞かれる。2013年に江田島で起きた技能実習生による殺人事件でも、日本人の社長や同僚は技能実習生を、とても気にかけていた。そのため、事件後の取材でも、関係者から、上記のような言葉が聞かれた。一方、労働条件が改善されず、帰国を決めた技能実習生は次のように言う。

 「協同組合からも、社長さんには仕事の機会をもらったんだから、恩を感じなさいと言われる」「恩を感じろ、恩を感じろ、そればっかり。毎日言われて頭がおかしくなりそう」「恩を感じてたから、残業代が少なくても黙っていたの」

 ここには、2つの意味の「恩」が混合している。家族主義としての「恩」と、恩顧主義としての「恩顧」である。前者は、漁業や農業のような一次産業や、家内産業的な職場では、雇用主が雇用者を公私にわたって目をかける、疑似家族的な人間関係のなかにある「恩」である。日本人労働者は、この伝統的な「恩」のもとで、サービス残業など安い労働力を提供することで会社に貢献したり、労働条件に多少の不満があっても耐えるかもしれない。これは、一般的に、これらの職場で雇用される日本人が、地域の近隣住民であることにも関係している。つまり、日本人の雇用主と雇用者は、職場の仲間である以前に、同じ町内会や地域の成員であり、日本的な文化や風習、価値観を共有している。その意味で、職場は、地域の人間関係の延長もしくはその一部として成り立っている。また、このような疑似的な家族関係は、「地方出身の若年労働者を受け入れてきた戦前からの伝統の現れ」(上林 2015)として、外国人の技能実習生に対しても引き継がれている。しかし、社会的にも経済的にも異なる実習生に対する、家族主義的な日本人の「親切」は、労働力の搾取につながる「恩顧」として作用する。

2.技能実習生と恩顧
 例えば、前出の帰国した技能実習生らは、農家で野菜の収穫作業をしていた。一日10時間程度、土曜日も働いているが、給与が正確に支払われていなかった。残業代は、一年目は時給200?300円、二年目から450円になるといい、毎月の手取りは11万円前後であった。職場では、怒鳴られたり、雨天時も雨具を提供されないまま、畑作業をすることもある。また、共同生活をしている一軒家の家賃として、毎月給料から25000円が天引きされている。この2階建ての家には18人の技能実習生が住んでいる。「私たち、サバの缶詰みたいなのよ」ある20代の技能実習生は自分たちの状況を、そのようにたとえて苦笑する。シャワーは1人ずつ入ると時間がかかるので、一般家庭用の風呂場に、5人ずつ入り、交代でシャワーを浴びる。浴室の床は朽ち、備え付けの冷暖房も古く効きが悪い。電気は、一般家庭用の契約のため、すぐにブレーカーが落ちる。このように、労働環境や条件だけでなく、生活環境も劣悪である。しかし、技能実習生は協同組合から「社長には恩があるんだから、頑張って(不満があっても耐えて)」と言われ、毎日を過ごしている。

 実際に、現場では、日本人の上司や同僚のことを「おとうさん」「おかあさん」「おねえさん」「おにいさん」と呼んでいる技能実習生が多いというが、雇用主も色んな気配りで感謝の念を表す。給料日にファミレスでごちそうをしたり、食事を差し入れしたり、小旅行に連れていくという雇用主もいる。そうはいっても、技能実習生は、期間限定の労働力であり、雇用主にとっても、技能実習生にとっても職場だけの関係である。ここには、日本人の雇用主と雇用者の間で成り立っているような、伝統的な日本人の「互助関係」のようなものは成立しえない。

 たとえば、ある職場では、雇用主が毎月、給料日に、技能実習生に自炊用のコメ30キロを7500円で販売しているが、日本人従業員には無償で配っているという。それだけでなく、食費が底をつき食べるものがない時に、生産物のレタスを譲ってほしいと経営者にお願いしたところ、一つだけだぞ!と厳しく言われたという。これは、なぜか。日本人雇用主と労働者の関係は、ある種の「互助関係」なのである。だからこそ、決して条件がよくない、身体的にも厳しい作業を手伝ってくれた日本人従業員には、米の無償提供にみられるような形で感謝の念が示される。一方、実習生の場合、「出稼ぎに来ているんだから仕事がきついことくらい、覚悟はしていたはずだ」「下手に物品を与えて甘やかしてはいけない」と、日本人従業員より無下に扱われ、何かにつけて給料から天引きされる。

3.技能実習生制度のホンネ
 外国人の技能実習生と日本人の労働者では、社会的立場も、労働条件も、経済的背景もまったく異なる。また、技能実習生の場合、社長や同僚と日本語で意思疎通できないケースが多い。さらに、技能実習生は、日本人とは異なる労働慣習や人間関係作りをしてきた。そのような背景が異なる労働者を厳しい労働条件の下で働かせようとすれば、当然、対立や衝突も起こりうる。したがって、これらを回避するためにも、本稿で見たような「親切」を組み込んだ労務管理がいっそう必要となる。それは、家族主義的な「恩」ではなく、厳しい労働条件を黙って受け入れ、日本人と調和的に仕事をさせるための労務管理としての「恩顧」として機能する。このように、技能実習生に対する「恩顧」は、労使間の問題を「曖昧化」(上林 2015)するというよりも、直接的に低位な労働条件・賃金の「収奪」に機能している。 たとえば、江田島事件の技能実習生は事件当日、「本当にごめんなさい」と言いながら、一番世話を焼いてくれていた日本人の同僚を殴り殺した。ここには、「恩顧」に押しつぶされた技能実習生の姿があったのではないだろうか。

 一般的に、職場における「恩」は、労使関係と切り離してポジティブに捉えられることも多い。日本に慣れない外国人の生活をサポートすることは当たり前である。会社のイベントに誘うことで、気分転換になるかもしれない。日本人の輪のなかに入ることで、ホームシックのさみしさがまぎれるかもしれない。また、同僚のおばあちゃんが若い外国人を気にかけ、食事を差し入れする。このような観点から見ると、現場で技能実習生と接している日本人が、労働力を「収奪」するために意図的に親切にしているとは言えない。しかし、時にそのような日本人労働者の「親切心」さえも、「恩顧」という形で技能実習生を黙って働かせる仕組みに組み込まれている。(さらには、「国際交流」や「共生」といった聞こえの良い言葉も、日本人の「親切心」や「外国人への理解」を錯覚させる後押しをしているのだが、この点については別稿で考えてみたい。)

 また、日本人が意図しているような家族主義的な「恩」は、技能実習生の母国でも大切にされている価値観である。たとえば、中国では「感恩」という言葉があり、同じく多くの技能実習生を送り出しているフィリピンでは「ウータン・ナ・ロオブutang na loob」、ベトナムでは「カーム・オンcam ?n」、インドネシアでは「ウータン・ニャワutang nyawa」という言葉がある。どれも、世話になった人への感謝の気持ちや、恩、借りの意味を含んだ用語である。だからこそ、実習生は、この「恩」や親切と、不条理な労働との間で苦しむのである。

 本来、受け入れ先と実習生の関係は、相互扶助である。実習生制度では、よくホンネとタテマエのずれが指摘される。以前、団体交渉の場で、「日本人を雇った方が経費はかからないけれども、自分たちも実習生制度に貢献しているんだ」というような発言をしている協同組合の関係者がいた。そこで小松さんが、「制度的なタテマエは横において、ホンネのところで話をしましょうよ」と言っていたのを思い出す。ホンネのところだけで現場を見てみると、そこには「人手不足」の受け入れ先(国)と、「出稼ぎ」にきている実習生がいる。そこにずれはない。たしかに、日本人を雇った方が手間も経費もかからない。でも、日本人労働者の人手が足りないから、実習生を受け入れているのである。そして、技能実習生は、自分や自分の家族の生活のために、家族と離れ、大借金をしてまで日本に働きに来ているのである。私たちは、まず、現場のホンネを直視し、受け入れる必要があるのではないだろうか。

【参考文献】 上林千恵子, 2015,『国人労働者受け入れと日本社会―技能実習制度の展開とジレンマ』東京大学出版会.