ケラメイコス 〜 陶工の町 75

湯のみ−5

 今日紫綬褒章の受章者が新聞に載っていました。中島みゆきもその一人でその受章を「棚から本マグロ」と喜んでいました。50歳代の受賞者がほとんどですが、陶芸の分野では第14代今泉今右衛門さんがおられました。46歳とひときわ若いのが印象的でした。墨はじきの技法にプラチナを用いたぐい呑は面白いと関心を持っていました。古くからある技法ですが、現代的な感覚で作品を造り出しておられます。今の有田焼には関心は薄いながらも、楽しい町ですし、この窯に友人が勤めていることから作業場や窯を見学させてもらっているので何かしら身近な人の受章と感じています。一つぐい呑をと思っても手が出ないのが現実ですが・・。
 陶器は磁器と違って使っているうちにいろいろ変化する楽しみがあると同時に変化の仕方によっては嫌になることもあります。備前焼はあまり変化しないと思われますが、意外と変わってきます。窯から出したときの処理の仕方にもよるでしょうし、土の良し悪しによるのかもしれません。
 左端は備前の中村六郎先生の湯のみです。ぐい呑同様独特の雰囲気を持っています。全体に黒ずんだ感じのものでしたが、肌に食いついていた灰が使用しているうちに剥がれ落ち、地肌の緋色がでてきています。また使い込むにつれ肌がつるつるになり滑りやすくなりました。備前焼というと分厚く、重そうなそうな感じがしますがこれは薄めにつくられており、熱さがよく伝わってくるのが難点といえなくもありませんが、その半面手取りの感じは非常によく、一番良く使っています。備前焼は中風防止の効果、生花が長持ちする、ビールが旨い、ウイスキーを備前焼の瓶に入れていると味がよくなるといわれています。ビールは泡がきめ細かくかり柔らかな味わいになりますね。
 真ん中は志野焼で、林正太郎先生のものです。白い釉薬がたっぷり掛かり、土の緋色が浮かび上がってきれいなピンク色を見せています。鮨屋の湯飲みのように大振りです。志野焼は好きなやきものなのに何時の間にか関心が薄れてしまいました。それはぐい呑にカビが生えたり、この湯のみにしても飲み口の部分が茶色く変色したりといい印象がないからです。土の肌理が粗いのか、焼き方が甘いためなのかよく分かりませんが白い釉薬が美しい半面逆に汚れが目立ちすぎるためかもしれません。原憲司先生のようにしっかり焼き締められていれば「醤油を入れてもしみは付かない。」といえるのかもしれませんが、そのような志野焼は少ないのではないでしょうか。しかし魅力のあるやきものではあります。
 右端は、韓国の申相浩先生のものです。茶色の胎土に白泥をたっぷりと掛けた無地刷毛目に菊の花を印刻したものです。高麗時代の青磁には印刻した中に白泥や黒い土を埋め込みそのうえに青磁釉を掛けたものが焼かれ、李朝時代になるとこの湯のみのような茶色の土に印刻し、白泥を埋めたり、白泥の上に鉄絵を描いたりしたものが焼かれています。日本では、鉄絵のものは鶏龍山、印刻のものは三島手とか呼ばれていますが、韓国では一括して粉青沙器と呼ばれています。李朝時代のやきものはやきもの好きを魅了して止みませんが、現代の韓国のやきものはどのような情況にあるのでしょうか。わが国でもそうですが、本筋のいいものは少ないのかもしれません。

 

 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


中村六郎 林正太郎 申相浩
備前湯のみ
中村六郎
志野湯のみ
林正太郎
印花無地刷毛目湯のみ
申相浩