ケラメイコス 〜 陶工の町 71

湯のみ−1

 

 毎日使う湯のみ茶碗にこだわりをもって選ばれますか?やきものに関心がある方でも湯のみに目を向ける人は意外と少ないように感じます。私自身ぐい呑には関心があってもそれ以外のものには感心が薄いのが現状です。理由には色々あります。お酒に関連した徳利はかなり高額になってしまうし、なかなかいいものが少ないということもあります。茶碗となると特殊な用途ですが、一桁違う。値段の問題が大きいといえます。ぐい呑はあまり背伸びしなくても手の届く範囲で沢山造られているということがあります。造り手の側でも営業政策上一番手ごろなのがぐい呑だといえます。徳利は造るのに手間がかかるし、湯のみはぐい呑と比べ、作る手間はそれほど違わないが土の量は3倍ぐらいかかりながらも値段はぐい呑の半値以下、高名な作家になればなるほど二分の一、三分の一の値段にしかならないのですから、あまり造りたがらないのが現実です。個展に行っても湯のみが出品されることはまずありませんが、ぐい呑が無いことは珍しいといえます。また、収集する側から見ても湯のみは仕舞い場所のスペースを意外にとってしまうので困ってしまいますし、日常使うものとの意識から窯元で購入する場合には箱を外してもらうこともあります。今回の西岡先生のものは全てそうでした。それだけ美術作品として認識され難いものといえます。湯のみは個人作家のものではなく有田焼や清水焼などの有名ブランド品が日本人の意識の中に刷り込まれているためかもしれません。
 毎日使うものとはいっても、考えればここ何年もお茶を呑む習慣がなくなっています。お茶の葉を捨てる手間が面倒だからという理由ですが、食器棚に並んだ湯のみを眺めるだけの毎日です。今の時期は備前焼の湯のみがビールを入れる器として活躍はしてくれています。用途を限定せず、材質や大きさを考えればコーヒーやスープそして味噌汁でもいいのかもしれません。しかしそれ以前の問題として、気に入った湯のみが意外に少ないといわざるを得ません。作家が力を入れて製作しないからでしょう。西岡先生のところに伺っても、小次郎窯としての作品は沢山あっても小十銘の作品は見た記憶がほとんどありません。小次郎窯のものは幾つもあったのですが贈答用に使っていたのでこれと大振りなものが1点残っているだけです。
 左のものは片身替わりとなっており釉薬の調子が半面づつ替わっているのが見所ともなりますし、簡略な絵太い線での絵付けまた肌合いの上がりが非常によく、胎の厚さも申し分なく、使い込めばピンホールから雨漏りが出て面白くなると思っています。
 真ん中のものは薄手で上部が四角に仕上げられています。使っているうちに口辺に2箇所に傷が出来てしまったのが残念です。
 右端のものは窯の作品で小振りなもので職人さんが造られたものでしょう。この手のものは大好きで訪問するたびに買っていましたが、これが一番良く、胴から腰にかけての膨らみがあり、片身替りにもなっており思ったよりお茶が入ります。
 改めてみるとさすが西岡先生と思わざるを得ません。

 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


西岡小十 西岡小十 小次郎窯
絵唐津湯のみ
西岡小十
絵唐津湯のみ
西岡小十
絵唐津湯のみ
小次郎窯