ケラメイコス 〜 陶工の町 70

酒を呑む器−45  備前−3

 
 備前焼は誰でも知っているやきものですが、いざどのようなものかと問われるとなかなか説明しづらいところがあります。特色がないからというのではなく、釉薬を掛けずに高温で焼くという無釉焼締陶であることからそのときそのときの灰の掛かり方により焼き上がりの変化に富んでいるからであり、逆に灰が掛からず地味な味わいに焼きあがることもあるためといえます。しかしそうした多様性を持つにもかかわらず作品を目にすれば誰でも備前焼と分かるはずなんですが・・。
 同じ無釉焼締陶である信楽焼や伊賀焼また常滑焼きなどは土の特色や自然に流れた灰の色合いなどから説明し易いところがあります。備前の場合の灰の色合いは同じ松を燃料としながらも濁った黄色系の色合いのものになったり、ガサついた黒っぽい色合いにあがったりします。お皿の上にぐい呑などをおいて黄色い釉薬のなから丸く地肌を出す牡丹餅という技法を使ったり、鞘や大きな甕などの中に藁で縛った状態で白っぽい肌のうえら鮮やかな緋色を出す火襷といった技法もあります。最近は黒備前の人気が高まって色々な作家が焼いていますが、これは昔行われていた伊部手と呼ばれる化粧土を塗った技法を利用したものといえます。釉薬を掛けなくとも出来上がりは千差万別であり個人の好みによって同じ備前焼であっても好き嫌いが分かれ易いやきものではないかと思います。私自身の好みは自然釉がたっぷり掛かったり、灰に埋もれてガサガサの榎木肌にあがったもの、また古備前を目指して力強く焼き上げられたものなどにも大いに魅かれながらも今一つ手が伸びていきません。自己主張も少なく、飽きのこないおとなしいものに魅かれてしまいます。ここにあげたものは自然釉も無く、高温で焼かれる内に土の持つ力が自然に表に現れてきた趣を感じさせてくれます。使っているうちにしっとりとした手になじむぐい呑に育ってくれるはずです。
 左のものは人気作家の隠崎隆一先生のものです。造形的な使えないものばかり造る作家と考えていましたが、中にはこのような使える作品も見られます。茶碗なども切った張ったといったゴツゴツしたものでなく素直に丸く造られたものを偶に見ることがあります。それらの茶碗は例外なくのどから手が出るほど欲しいとしか言いようがありません。このぐい呑は削って模様が付けられており、窪んだところにはマグマのような緋色が出ており、出っ張ったところは黒いコゲが対照的に現れ、流れてきている溶岩を取ってきてそこに置いたような作品です。
 真中は金重素山の三男金重有邦先生の少し歪な山杯で、土味が非常に良く、おとなしい緋色がでており、反対側から見込みは黒く上がっています。見込みに黒く掛かった灰の下から緋色が覗いており、使い込んでいくうちに黒い部分が落ち、下の緋色がかなり浮かび上がってきそうな感じがあります。こうした変化がぐい呑を使う楽しみの一つといえます。
 右側は金重陶陽の三男金重晃介先生のもので、極平凡な備前焼で数点並べれば一番最後まで売れ残るものかもしれませんが、使うことから見ればこうしたものが一番だといえます。
 金重一門の二つとも土が良いからなのか肌あいがきれいでしっとりとした緋色がなんとも言えず美しく感じられます。備前焼は窯変の強いものは花生けでは良いかもしれませんが、日々使う器となるとこうした土味のいいものの変化を楽しむのが面白いのではないでしょうか。

 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


隠崎隆一 金重有邦 金重晃介
隠崎隆一
金重有邦
金重晃介