ケラメイコス 〜 陶工の町 67

茶碗−6

 寒くなったり暖かくなったりと天候が安定しませんが、この時期とすれば当然のことかもしれません。日差しが春を感じさせるにつれ何かしらお茶を飲みたいという気持ちになってきます。その時季にふさわしい茶碗を使用するのがお茶の世界の決まりごとかもしれません。理にかなっているのでしょうが、そのときそのときの気持ちにあった茶碗、気持ちが高揚しているときは自己主張のはっきり出た茶碗、気持ちが塞いでいるときはその気持ちに沿った寂びたタイプの茶碗が良いのではないでしょうか。そうすると数あってもいいといえますが購入するとなるとそうしたことは頭の中に無く、自分の好みが真っ先に立ってしまいます。そうした意味ではここに掲載した茶碗は、好き嫌い以前に、まず自分では購入しないタイプの茶碗といえます。
 右端のものは祖父の残したもの、真ん中は、父が兼田先生の個展で仲良くなって購入してきたもの、左端は、父が記念品か何かとしていただいたものです。祖父がやきもの好きで唐津焼の古いものや新しいものが沢山あったようですが、原爆で壊れてしまい少ししか残っていないのが残念です。隔世遺伝なのか共感を覚えるものがいろいろあり、生きていれば楽しい話が聞けたのだろうと思います。残念ながら父の方は絵画に関心が向いていました。父はいろいろなタイプのものを購入していましたが、私の方は、パラノイア的なところがあって、かなり偏った集め方ですからそれぞれの癖を見ていくのも面白いところです。美術館をみても一定の方針があるところは見ごたえがありますが、博物館的に収集しているところでは何かしら落ち着かない気持ちを感じさせられてしまいます。
 左のものは太郎右衛門窯の唐津茶碗です。取り立てて見所のあるものではありませんし、キレの悪いもので、飯茶碗にすればもろい感じもあります。今回出してみて感じたことの一つに非常に穏やかな気持ちにさせてくれることに気づきました。柔らかな釉薬の調子というか、全体の色合いの優しさなのだろうと思います。使い込めばかなり変化していくのだろうと思いながらももう使うところまでいきません。
 真ん中は、萩の茶碗ですから、唐津と同じ朝鮮系の窯ですから似たような技術が行われていながらも、かなり違った雰囲気を持っています。同じ藁灰釉を使用しても完成品は唐津ではやわらかな色合いとなり、萩では冷たく真っ白なものとなります。兼田先生は刳り貫きという技法での白萩の作品に人気が高いようですが、これはその技法を取り入れる前の時代のものです。厚手でぼったりとしたものです。かなり昔に、初めて、萩に遊びに行ったときこの先生の白萩のぐい呑みが目につき関心を持っていたのですが、白萩焼の刳り貫きも造形的には面白いとは思いながらも使いやすさを重視した昔のものの方に関心が向いてしまいます。造形を重視した作家のものにはついつい目が引かれてしまいますが、いつのまにか食器棚の端の方で座っています。
 右端のものは、古いものか新しいものか、またどこのものか分からないのですが、楽焼の系統だろうと思います。数寄者が造ったものか、専門家が造ったものか。他の二つの茶碗と違うのは、お茶が飲み易いということです。大きさ、口造り、手に取った感じなど非常にいいものがあります。見込みがカセて光沢がなくなっています。このようになるまで使い込まれてきたのは、それなりに気に入られてきたからでしょう。この茶碗があることを全く忘れており、今回たまたま気がついたものでした。茶碗が、それほどあるわけでもないのに忘れてしまうというのも情けない話ですが、アルツハイマーでないことを祈りっておきましょう。

 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


唐津茶碗 萩茶碗 楽茶碗
唐津茶碗
太郎右衛門窯
萩茶碗
兼田昌尚
楽茶碗