ケラメイコス 〜 陶工の町 64

茶 碗−4

 有田・唐津に旅行しようと思いながらも、今年も残り少なくなり、どこも行かずということになりそうです。有田陶磁文化館で「土の美 古唐津―肥前陶器のすべて―」は是非見学に行こうと思いながらも行くことができなかったのが残念でした。図録の購入で我慢しておくとして、今でこそ唐津焼の作家も増えてきましたが、美濃や備前ほどの勢いはありませんし、今一つ人気がないように感じます。伝統にしがみつき創意工夫が足らないのかもしれません。どの作家の作品を見ても特別違いが感じられませんし、そうかといって唐津焼の殻を大きく超える独創的な作家も見られませんし、古唐津の模倣で人気を得ようとしている作家も少なくないといえます。そうした中でも数名は独自の作風で注目すべき作家もいます。その中の一人が今回の藤ノ木土平先生です。
 若い頃から、雑誌などにも取り上げられ注目されていましたが、そうした状況に影響されず自分の進むべき方向をしっかり見据えて、作陶に励まれてきています。食器類、茶碗等のお茶関係そして造形的なものの三つの分野で製作に励まれています。その中でも食器が中心といっても言いといえます。好みの点で好き嫌いはあるといえますが、特にコーヒーカップは奇をてらわず素直で、使いやすく、他の追随を許さないものといえます。また、開窯以来、値段もほとんど上がっていないのもうれしい限りです。一方、ぐい呑や茶碗は高くなってきており、それに比例して作品の内容もここ数年著しく向上している当然なのでしょうが、なかなか手が出なくなったと謂わざるをません。特殊な世界の、数少ない人たちが相手となるから当然のことかもしれません。細かい部分に注意しながら製作されているのでしょうが、作品自体、肩の力が抜け、静かな佇まいを見せてきています。お茶の修行も中途半端ではなく、のめり込んでいるといって良いかもしれません。二畳の茶室を造られていることから、静かに侘び茶を楽しみたいとの思いが強く、それが作品に反映してきているのではと考えています。ここに掲載したものは私がそのように感じ出した以前の作品です。
 左のものと真ん中のものは、インターネットのオークションに出てきたものでした。作品としては悪くは無いと思います。いずれも朝鮮唐津という技法によるもので、左のものは、「玄海」と銘の付けられた有名な古唐津を参考とされたものです。本歌は白っぽい釉薬が掛けられ、胴には、この茶碗と同様の彫り文様が付けられています。志野茶碗を思わせるような造りで、どっしりとした豪快さを感じる茶碗です。秀吉の起こした文禄・慶長の役のとき、茶人で武将の織部が来ていた関係からでしょうか、唐津には美濃焼と同じような形を持った作品が残されています。彫り唐津はこの代表的なものといえます。先生の茶碗は、これを朝鮮唐津の技法で造り、力強さが漲っています。ただ見ている分にはいいのですが、手取りは重く、ごつく造り過ぎたといえます。
 真ん中は斑釉が白くきれいに発色してきれいですし、見込みも広くいいのですが、端反りがもう少し押さえられていたらと感じています。
 右端は絵唐津で、口辺を鉄釉で覆った皮鯨と呼ばれるものです。これは同手のもの一点と一緒に先生からいただいたもので普段お茶を飲むのに使用しています。難点を言えば口が少しばかり内に抱え込んでいる点でしょうか。手取りも、大きさもよく、気軽に使える雰囲気の茶碗で重宝しています。

 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


藤ノ木土平 藤ノ木土平 藤ノ木土平
朝鮮唐津茶碗
藤ノ木土平
朝鮮唐津茶碗
藤ノ木土平
絵唐津茶碗
藤ノ木土平