ケラメイコス 〜 陶工の町 61

茶 碗−2

 人にはそれぞれ趣味があります。旅行やおいしいものを食べるといった趣味の場合、後に残るものは経験や記憶であって形として残ることはありません。しかし、読書、絵ややきものの収集の場合には、知識や経験として残ると同時に、収集したものが残ってしまいます。本は図書館で借りようとおもっても新しい本や自分の読みたい本があることはまれですし、絵ややきものの類にしても画廊や美術館や本で鑑賞しておけばと考えながらも手で触って見なければ分かりませんし、実際自分の手元に置いて毎日眺めてみないとその良さも悪さも分からないところがあります。それは事実ではあるのですが、実際買って帰るとそのまましまいこんでしまい、いざ眺めようと思ってもどこにあるのか探し回らなければならないのが現状ですから、かってな言い草にしか過ぎないことになります。趣味で集めたもので美術館をつくられる方も居られますが、そこまで徹底できる方は例外として、99.9%の方は私と同じように細々と集めておられますし、集めた本人が死んでしまえば、それらはガラクタ同様の運命をたどっていきます。今の時代、オークション会社やインターネット・オークションを通じて処分することも可能となっていますので、これらを通じて出てくるのが一番いいのだと思い、それを楽しみにしながらも、死というものを意識せざるを得なくい場面に遭遇することもあります。
 原先生の作品は、インターネット・オークションでは1年に1回出ればいい状態でしたが、今年はよく出てきています。形や釉薬の調子から、また広島県の業者が出品していることからみて、私が懇意にしていた画廊のお客さんのものであることに間違いはありません。私が一番年齢の若い客であり、それ以外は私の父の世代の方たちが中心で、大半が亡くなられているはずですからそろそろ原先生の作品や川瀬先生の作品が出てくることは分かっていましたが、いざこうして目の当たりにすると楽しみとともに悲しみも感じざるを得ません。店でお会いして話をしている人も多いので知っている方の持ち物だったのかもしれません。明らかに最近出来たものであれば何も感じないのでしょうが・・。  ここに載せた茶碗は、その画廊で購入したものです。ご主人は私と同じ年でしたが5年ほど前に無くなられ、その後、原先生の作品がなかなか手に入らなくなりました。
 黄瀬戸の2点は動と静というか男性的というか女性的というか好対照のものです。いずれも見た瞬間買うと決めたもので、原先生の茶碗の中でもトップクラスのものと自負しています。
 左のものは、先生が広島に来られたとき見込みがきれいだとしきりに感心しておられました。がっちりした造りで原先生が目指しておられた白味の強いものです。この当時はこうした力強いものを造られていました。
 真ん中のものは、左のものと比べて色合いの違いが分かりませんが、タンパンの色が全体に薄く広がってオリーブ色がかったような微妙な色合いの美しい茶碗です。造りも素直で薄造りで、タンパンの色も全体と調和し優雅な雰囲気をかもしだしています。初期の頃から並べてみると釉薬の変化がはっきりと分かるのですが、この茶碗の釉薬が最高のものだと考えています。
 右の志野茶碗は志野の試作が終わった直後のもので、先生は緋色の出方をみかん色と表現されており、しっかり焼締められ、醤油を入れてもしみは付かないといわれていました。他の志野にない手触り感が楽しめます。この時代の志野のぐい呑(白い器−2掲載)もありますが、この形がそのまま茶碗になれば最高だと思って眺めています。

 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


原憲司 原憲司 原憲司
黄瀬戸茶碗
原憲司
黄瀬戸茶碗
原憲司
志野茶碗
原憲司