ケラメイコス 〜 陶工の町 60

人間国宝−3

 やきもの好きを見ると、磁器が好きか陶器が好きかにわかれ、さらに鑑賞陶器か実用の器の収集に分かれます。自分の好みですからどのような姿勢でも構いませんが、自分の感性に合った作家を探し出すことが楽しみの一つとなりますし、次には窯場に行って話を聞くのが楽しみになります。そういった面では唐津の窯は最高のところかもしれません。
 私自身は鑑賞陶器というところから集めてきていますので、使うという意識は全くありません。買って帰るとそのまま押し売れに入れて二度と目にする機会は無いかも知りませんが、その姿かたちと値段は確実に頭の中に入っています。集めることが趣味なのか、買うことが趣味なのか分かりませんが、買うという行為に先立ってその作家や陶芸の技法また他の作家との比較、全般的な人気の度合いなどに注意を払っていますので、いざものが出てきた場合には、その作品の出来具合と自分が思う値段との比較で決まるということになります。定価で買うという意識はどこにも無く、自分の思うところまで値段が落ちてくるかどうかということになります。これはデパートで買う場合にも同じことなのですが、あまり触手が動かないとき、またあまり関心がない作家の場合であっても予想以上に低額の価格になるとダボハゼ根性丸出しでえさに食いついてしまうことになります。前々回から紹介している人間国宝になられた方の作品のいくつかはその結果手元にあるといえます。藤本能道先生、田村耕一先生また今回の伊勢崎淳先生などは私の関心の埒外にある陶芸家といえます。ただ陶芸の世界の中では無視できない作家であることもあり、たまたまいい出会いがあったから手元にあるといえます。その反面、手が出なかったり、そのとき勉強不足で関心がなかったりして後から悔やむことも多々ありましたし、現在進行形でもあります。
 やきものの世界も不思議な世界で人間国法への指定の基準がどうなっているのか疑問に思うことが時々あります。工芸の分野での指定基準を見ると@芸術上特に価値の高いもの、A工芸史上特に重要な地位を占めるもの、B芸術上価値が高く、又は工芸史上重要な地位を占め、かつ、地方的特色が顕著なもの、との基準があります。年齢的なこともあるでしょうし、陶芸団体での活動などもあるかもしれませんし、ロビー活動も必要かもしれません。自分の好みからすると、故金重素山先生、森陶岳先生、13代中里太郎右衛門先生などは該当しているのですが、世の中はなかなか難しいところですね。
 左端は前回掲載した三浦先生の湯のみです。以前ビールは焼締めの小さめな湯飲みで飲んでいましたが、今年は、青白磁の大振りな湯のみでビールを飲みだしたらこれもなかなか良いものでした。この湯のみも、大振りで、涼しげな色合いをしていますので、今の時期、ビールを飲めば最高かもしれません。
 真ん中のものは、嬉野の中島宏先生のぐい呑です。といっても本来は煎茶器だと思います。博多の天神にあった古美術店スンコロのご主人からいただいたものです。この人のぐい呑では茶渋をとろうとレモンを入れていたら見込みの色が変わったことがありましたが、これはよく焼かれておりそういうことはないと思います。非常に厚い釉薬がかかっているため手取りには重いものがあります。しかし、この釉薬は先生が得意とする青銅器を写した大形の作品でには良いかもしれません。
 左は、伊勢崎淳先生の備前らしい備前だといえます。最近は大振りなものが目に付くようですが、これは小振りなもので好感が持てます。隠崎先生の造形的なものは鑑賞といった面では面白いのですが、毎日使うことを考えたらこのような器に落ち着くのではないでしょうか。

 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


三浦小平 中島宏 伊勢崎淳
青磁湯のみ
三浦小平二
青磁ぐい呑
中島宏
備前ぐい呑
伊勢崎淳