ケラメイコス 〜 陶工の町 58
酒を呑む器−42 山田 和

 インターネットを眺めているといろいろな作家の作品を見ることができ、入札状況を見ていると人気の度合いもよく分かります。個展や画廊で発表されている価格とは違ってその作家の人気に見合った相場が形成されています。とはいっても時には、個展等の価格を上回る場合もよく見かけます。地方にいる人間にとっては有名作家といっても雑誌等で作品を見るしかなく、デパートや画廊で目にする機会もないとなれば、目の前にあるものが良ければ追いかけざるを得ないという面もありますが、普通は、かなり安い値段で手に入ります。ただ画面を眺めていて気づいたことに、形や色合いが人目を引きやすいこと、1000円程度からスタートしていること、そして出品している人の三つ、この辺りがそれなりの価格で落ちつくための要件のような気がします。最初から落札されるであろう価格で出ているものには誰も見向きもしないという現実があるのは、低価格スタートであることから安く取れるのではないかとの期待感と競争心からそれなりのインタータネット相場付近で落ち着いてしまいます。そうした人気作家の一人が今回の山田和先生です。越前陶芸村で活動している常滑出身の美濃焼の作家です。志野、織部、黄瀬戸など独特の色彩を見せてくれます。緑一色で艶を消した総織部は好きな作品ですが、素地の色を生かした透明釉に真っ赤な釉薬をぶっ掛けた赫釉と呼ばれる作品はいま一つ好きになれません。同じように大胆な黒釉を施した黒織部には大いに関心を惹かれますが、他の作家のものに追われてなかなか触手が動きません。ぐい呑みにしても茶碗にしても少々大きすぎることがあるかもしれません。観賞用には大きい方がいいのですが、最近は、お酒をおいしく感じる程度の量で一杯になる小振りなぐい呑が好みとなってきました。ただ使用する場合に限った話ですが・・。
 左端は志野ですが、前回の原先生のものと違って非常に白くあがっています。かなり昔のものですが、穏やかな形で、滑らかな白い肌をもった作品となっています。これも真ん中のものも手になじむ頃合いの大きさです。
 真ん中は、加藤唐九郎先生の作品の中に、立原正秋が名づけた「紫匂い」というものがあります。この土は赤茶色の土で山田先生が提供したといわれており、同じ手のものです。本来の志野焼はもぐさ土とよばれる白っぽい柔らかな味わいのある土を使いますので志野ではないといってしまえばそれまででしょうが、こうした新しい技法に優雅な名前をつけるのもいいのではないでしょうか。唐津焼に古くからある技法のひとつに、黒い釉薬の上に白っぽく上がる長石釉を掛け、収縮率の違いから、ヘビやトカゲのような肌合いにあがる蛇蝎唐津というものがあります。この技法を改善し、西岡先生は古松唐津と名づけておられる例もあります。
 右端のものは、数年前に手に入れたもので、黒織部のぐい呑みです。大振りで豪快なもので、湯飲みに丁度いいのではないかとも思いますが、お酒の強く、豪快にグイグイ呑む人向きかもしれません。黒い釉薬を使ったものはお酒にしても、お茶を呑むにしてもよく合うのではないかと思います。同じような言葉に織部黒というのがありますが、これは器全体を真っ黒な釉薬で覆ったものを指し、このぐい呑のように一部だけに釉薬をかけるものを黒織部と呼んでいます。同様に、器全体を白化粧したものを粉引、高台周辺に釉薬を掛けてないものを無地刷毛目と呼びます。

 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


志野 志野 黒織部
志野ぐい呑
山田 和
志野ぐい呑
山田 和
黒織部ぐい呑
山田 和