ケラメイコス 〜 陶工の町 57
酒を呑む器−41 原 憲司

 今回は原憲司先生のぐい呑を取り上げてみました。「えくれしあ25号」で黄色い器として、黄瀬戸のぐい呑3点、「えくれしあ22号」の白い器−2で志野のぐい呑を1点紹介しました。
 陶芸の雑誌などでも取り上げられ知名度も高くなりましたが、作品の数が少なくなかなか見るかける機会がないのが残念です。原先生が黄瀬戸を造られ始めたころから力を入れて紹介していた画廊が広島にあったことからいい作品を手に入れることが出来ました。
 先に掲載した志野のぐい呑も、これより少し後に手に入れた志野茶碗も、志野を焼き始められ、市場に出された最初期のもの思でした。いずれも釉薬が薄くかかり、緋色とはいっても原先生の表現ではみかん色の淡い緋色がきれいに出ており、硬く焼きしまっています。茶碗などは、醤油を入れても染みが付くことはないと話されているほどで、手に取って撫でるとシャリンシャリンという音がする気がしますし、他の陶芸家には見られない独特の雰囲気を持って迫ってきます。特に、志野のぐい呑は「素晴らしい」の一言に尽きます。
 画廊の方が体調を壊され、7・8年前に亡くなられてからは、いい作品を手に入れる機会がなくなってしまいました。彼が存命中から欲しいと思いながら、見過ごしてきた六角のぐい呑は、数年前、デパートの陶芸展で徳利とともにやっと手に入れました。その後は、ヤフーのオークションで井戸と志野のぐい呑を入手しただけです。注意して見ていますが、1年に1回出てくればいいほうです。
 最近では、いろいろ作域を広げられていますが、原点は黄瀬戸一筋で苦労されたと聞いています。一窯で5・6個しか取れないし、窯を移転してからはいいものが焼けなくなったとか・・。かなり昔の話になってしまいますが、出張帰りに、窯を訪ねた際、小さな陶片を手にしながら熱心に説明していただきましたし、電話をしても話が終わらず途中で電話を切る切っ掛けをどうつくろうかと考えなければならないほどやきものに対する熱意にはすごいものがある先生です。電話で、志野の話の中で、「通天」という桃山時代の志野茶碗が好きで、持ち主の方に手に取らせていただいた時の話など伺いました。先の画廊の方は鼠志野の「峯の紅葉」が好きなのではないかと話されていたことと併せると高台脇を削り上げる形が好きなのだろうと思います。先の志野のぐい呑もそういった削り方が感じられます。
 左のものは、黄瀬戸の六角ぐい呑です。自分の思いからすれば少し焦げがあればいいと思いますが、やっと手に入れたものですし、十分に満足しています。
 真ん中のものは、井戸ぐい呑で、見ている分にはもう少し大きければとも思いますが、この程度のサイズが使うのに丁度よい大きさです。釉薬の景色もよく、高台辺りの梅花皮も程よく出て気持ちのいいぐい呑みです。ヤフー・オークションで手に入れたものですが、黒田陶園の個展時のメールに使われていたものだったので必ず落札すると勢い込んで向かっていったものでした。
 右端の志野ぐい呑もヤフー・オークションからのものです。輪花に造られています器肌前面に緋色が出ており、その上に極薄く長石釉が掛かっています。写真では白く強調されていますが、実際は地肌にでた緋色の方が前面に出てきています。鬼板による模様がこの裏面にも同じように施されています

 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


黄瀬戸 井戸 志野
黄瀬戸ぐい呑
原 憲司
井戸ぐい呑
原 憲司
志野ぐい呑
原 憲司