ケラメイコス 〜 陶工の町 56
酒を呑む器−40 萩焼

 今回取り上げた萩焼も前回の高取焼同様に秀吉の朝鮮出兵に伴い拉致された陶工によって開かれた窯です。李勺光とその弟の李敬を中心として発展していきました。李勺光の子孫が長門市の坂倉新兵衛につながり、李敬は坂高麗左衛門と名乗り現在に至っています。また江戸時代の寛文年間に三輪休雪窯が起こりました。それぞれ特色のある萩焼を焼いていますが、三輪窯の白萩は休雪白と呼ばれ現在三輪一族はこの白萩を中心に作陶活動を行っています。十代休雪(休和)そして十一代休雪(壽雪)が人間国宝に指定され、現在は十二代休雪を十一代の長男三輪龍作氏が継いでいます。それぞれ作風は異なっており、特に、十二代休雪襲名前の龍作氏はオブジェを中心として作陶されておられましたが現在の作風はどうなったのでしょうか・・。十一代坂高麗左衛門は井戸茶碗の良い物を焼いていましたが、平成4年に十二代が不慮の事故で亡くなられてから後、活動は停止されているようです。
 萩焼に関心がなくなって長い時間がたったので萩の作家の動向はよく分かりません。しかし好きな作家がいなかったわけではなく、坂田泥華と兼田昌尚の二人には関心が多少ありました。坂田泥華の高台を低く削った茶碗が好きでした。朝鮮陶磁の研究家で「朝鮮の陶磁と古窯址」等の著者香本不苦治先生のお宅を訪ねたおりその話をすると「泥華は六地蔵が好きだった。」という話を伺いました。六地蔵とは朝鮮の古い井戸茶碗で、他の井戸茶碗のようにがっしりとした高台が削りだされているのではなく、低く控えめな、安定が悪いから付けたような高台が造られています。その分おとなしいく鄙びた印象をうけます。兼田昌尚は現在刳り貫きという技法の作品を造っており、人気があるようです。この人を知ったのは萩に行ったとき、おみやげ屋さんに陳列してあったぐい呑を遠くから眺めていて目が行ったのがこの人のものでした。しかし何時の間にか萩焼への関心が薄れてしまいました。唐津などの硬い感じと違って柔らかくていいのですが、お酒を呑んでいるうちに茶色の汁が吹きだしてくるのがいけません。最初はよく分からなかったのですが、何時の間にかお酒の色が変わっているようなのでよく観察すると外の方にも玉のように茶色の汁が吹いているのに気づきました。いくつかのぐい呑を試しても同じ現象がみられたのでそれ以来萩焼はコレクションの対象外となってしまいました。
 この人たちの作品は、ヤフーよりもシンワアートオークションの方がかなり安く手に入るので・・と思うのは止めにしなければいけませんが、先日、シンワアートオークションに川瀬忍先生の香合と茶碗のセットが出品されていました。おそらく落札した人がこれを分けてヤフーオークションに出品したのだと思いますが、ほぼ倍の値段で落札されていました。人気作家のものであれば意外とこの方法は商売になるんですね。
 左側は、東京教育大学で彫塑を専攻した兼田昌尚(天寵山窯)の若いころの作品です。今は陶土の塊を刳り貫いて造る技法で注目を浴びている作家ですが、造形としては面白いのですが、使うとすればこうしたものの方だと思います。
 真ん中は唐津出身で平成14年に山口県指定無形文化財保持者に指定された波多野善蔵(指月窯)の若いころの作品です。穏やかな雰囲気を持った作品を造られています。
 右は大和努のもので面取がされ、釉の掛け方を工夫して片身変風に変化を持たせています。  ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


萩焼 萩焼 萩焼
萩ぐい呑
兼田昌尚
萩ぐい呑
波多野善蔵
萩ぐい呑
大和努