ケラメイコス 〜 陶工の町 53
酒を呑む器−37 少し古い唐津焼

 今回も唐津焼のぐい呑みです。時代的には古いものではないし、そうかといって最近のものでもありません。何時ごろ造られたのかは分かりませんが、少なくとも昭和30年以前であることには間違いがありません。祖父が集めたものでした。刀剣と唐津焼を集めていたようで、ほとんどが原爆で失われました。敗戦後も元気な間は唐津や大阪などに旅行しており、お土産の、亀の子煎餅、鶴の子や粟おこしを楽しみにしていたのを覚えています。陶片など沢山あったようなのですが、父の転勤で荷造りされたまま倉庫の中に入りどこにいったか分かりませんが、数年前、実家の建替えのとき出てきた数点の中の片割れがここにあげたものです。現代の作家が造っているものとも違いますし、古い時代のものとも違いますし・・。特別これでお酒が呑みたいとも思いませんが、こうした新しい唐津焼が何時から焼かれだしたのかという疑問があります。古唐津とは、武雄、有田、伊万里周辺で1600年前後に焼かれたものを指しています。有田の泉山で磁器の原料が見つかったことから1630年ごろまでには磁器窯に転向したようです。これらは鍋島藩内でのことで、唐津藩内ではどのような状況であったかはよく分かりません。藩の御用窯として椎ノ峰窯で献上唐津が焼かれ、太郎右衛門さんのお茶碗窯として引き継がれたようですが、ここで本来の唐津焼も焼かれていたのでしょうか。実際には、細々と地域の需要を賄ってきていたのかもしれません。一般に江戸時代を通じて焼かれていた唐津焼は弓野や多々良あたりで焼かれていた甕や鉢などが知られています。2002年に根津美術館で開催された「知られざる唐津−二彩・単色釉・三島手」展で一躍脚光を浴びました。

 今では唐津焼といえば、唐津市周辺が中心となりますが、これら以外の地域、古唐津中心地であった地域で活躍している作家もいます。武雄市には人気作家である丸田宗彦さんの内田皿屋窯がありますし、和紙染めで有名な江口勝美さんの小山路窯があり、伊万里には溝上藻風さんの今岳窯があります。どの作家もそれぞれの作風をもっているので誰が上手か、誰が有名か、ということよりも、こまめに窯めぐりして、いろいろな作品を見たり、作家と話しをし、どのような思いで作陶に励んでいるかが分かってくるといつの間にか好みの作風が分かってきます。しかし、名は体をあらわすの通り、作り手の人柄が作品に現れてくるといえます。そうすると自分と波長の合う作家を選んでいるということになってしまいます。

 左のぐい呑みは素直な形をした筒型のものです。右の二つのように自己主張もなく、色合いも柔らかな乳白色をしており、非常に好感のもてるものです。毎日使うものはこうしたと自己主張の少ないもののほうがいいのではないでしょうか。収集を始めたころは、ハッと目を引くものばかりに気を惹かれていましたが、使っているうちに奇抜さが鼻についてきて飽きてきました。今、インタ−ネツトで現代作家のもので人気があるのは奇抜な形をしたものばかりですし、妙に、天才、鬼才と煽り立てられている作家に人気があります。ついつい気を惹かれてしまうのですが、極力手を出さないようにしなければと思っています。

 真ん中のものは、斑釉がきれいに熔けておりきれいなぐい呑みです。あまり大きくもなく、手ごろな大きさで感じよく使えますが、玉ダレとして数本垂れ下がっているのもなぁというところがあります。

 右端のものは、全体が茶色く発色しています。薄く造られており、お酒が呑みやすいものです。高台は低く、大きく造られ、ちりめん皺がきれいに出ており、全体の雰囲気と良く調和しており、好きなぐい呑みです。

 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


唐津 唐津 唐津
斑唐津ぐい呑
斑唐津ぐい呑
斑朝鮮唐津ぐい呑