ケラメイコス 〜 陶工の町 51
酒を呑む器−35 古い唐津焼−2

 日々ネット・オ−クションを眺めるのを楽しみにしているというか、惰性に任せてというか、眺めている自分を一歩はなれて観察するとあさましさを感じてしまいます。手元にあっても使うものはごく僅かしかありませんし、大半があることすら意識に上ってこないのですから・・。そうはいいながらも、感心のある作家のものとなるとついつい触手が動いてしまいます。先日は、中国陶磁の写しといったらいいのか、復元といったらいいのかを中心にしている作家の染付けの盃を手に入れました。明時代の宣徳官窯の作品を彷彿とさせる出来栄えといってもいいのではないかと思います。それほどまでのものであるのに机の上に投げっ放しで、横目で見ながら箱に傷がいてはいけないと思いながらもそのままというのも情けない話です。物を集めるというのはこの程度のことなのかも知れません。ある画廊の方が「コレクタ−は買うのが楽しみで、その後はあまり関心がない。」といっていたのは他のひとも私と同じだと納得してしまいます。 しかし、書棚の中に飾りたい気持ちは強いのですが、ただでさえ玄関先などに本の山を築いているのに、さらにふえれば置き場に困ってしまいます。二度と読まない本がほとんどですから処分すればいいんですね。本は当然のこととしてやきものなどに子供たちは関心がないので捨てられてしまうだけですから、元気なうちにオ−クションの出品者に転向することも考えなければならないのでしょうが、その前に、住む世界を変えているのだろうと思っています。

 古い唐津の焼き物の魅力は、形もさることながら、土味にあると思います。古唐津の窯は唐津、伊万里、多久、武雄、有田を含めた広大な地域に無数にあります。土はそれぞれ特色がありますが、絵付けとなると稚拙な感じというか簡略化された文様が一般的です。土を見て窯が分かるのは山瀬ぐらいではないでしょうか。前回掲載したものも絵付けの無いものでしたし、今回も同じです。考えたら古い絵唐津のぐい呑は非常に少ないからなのでしょう。

 左端のものは山盃といわれるタイプのものです。山盃はかわらけのように使い捨てだったのか無造作に造られ、それぞれの面白さがあって楽しいものです。しかし、これはあまり面白さが感じられません。原明窯から出たものと聞いています。見込みに石はぜがありお酒が漏れてしまうので今のところ使用不能です。そのうち漆で止めようと思っています。

 真ん中のものは、碗なりで小ぶりな青唐津です。このようなかわいらしいものはあまり見かけないように思います。写真では黄色ぽっい感じとなっていますが、実際は緑色も濃く、釉薬がむらむらに掛かっています。青唐津を多く焼いた小森谷のものです。小森谷のものには今回載せていませんが、平盃として使っているものが一つあります。釉薬が厚く掛かり、色合いに深みがあり非常にきれいなもので、土味も、高台の削りも楽しめるものです。左端、真ん中のものは同時に買ったものですが、土銹が強く、これをなくすのに時間が掛かりました。それも楽しみのうちだし、発掘物の証明なのかもしれません。

 右端のものは平盃です。本来は小皿として造られたものでしょうが、ぐい呑となると数も少なく、また値段も高いところから径12cm前後のもので深さがあるものは平盃に転用されています。お皿であることからかなり数があり、我が家にもいつの間にか5点ほど集まっています。その中でもこれは気に入っているものでず。口縁に鉄釉を塗った、皮鯨と呼ばれるものです。鯨を輪切りにしたとき皮の部分が黒く見えるのになぞらえて昔のお茶人が名づけたもののようです。絵唐津の一種と言ってもいいのだと思います。黒い縁と全体に掛かった釉薬の調子と裏の地肌の色合いと結構楽しめるものだと思っています。
 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


古唐津 古唐津 古唐津
古唐津ぐい呑
古唐津ぐい呑
古唐津ぐい呑