ケラメイコス 〜 陶工の町 44
酒を呑む器−30 中里 重利

 唐津は小さな町ですが、初めて訪れたのが三十年前ほど前から比べると町の中は様変わりしています。特にこの10年ほどの間で道路が沢山造られ便利は良くなったのですが、どこに向かって造られているのかが良く分かりません。窯元は山の中にあるので少しも変わったところがないのでホッとします。今回紹介する中里重利先生の窯、三玄窯も入り口周辺から昔のままです。離合も出来ない急な坂道を登るのはどうも好きにはなれませんが・・。
 三玄窯の三玄とは、「土、技、炎」を表しているそうです。土も釉薬も炎の洗礼を受けてさまざまな窯変を表しますし、それを意図的に操作する技術と相俟って素晴らしい作品が出来上がってきます。先生は唐津焼の本流、第十二代中里太郎右衛門(無庵)さんの三男で、長男が十三代太郎右衛門、隆先生が五男という関係にあります。それぞれの作品を見るとよく性格が作品に反映されているように感じます。十三代の豪放さ、隆先生のおおらかさ、重利先生の生真面目さ。特に絵唐津の筆の伸びは他の作家とは格の違いを感じ、古唐津ののびのびした筆使いを感じることが出来ます。そうなるとお皿などの食器がいいということになってしまいます。叩きの壺も大好きなものの一つですが、私の頭の中で三玄窯というと絵唐津のお皿または湯のみを思い浮かべてしまいます。先生の端整な形は堅苦しさを感じてしまい、ぐい呑となるといまひとつ躊躇してしまいます。
 左のぐい呑は斑唐津です。他の作家が焼いているものとはかなり趣の異なるものです。斑釉の一部に飴釉を景色として置き、斑釉もかなり白い発色をしています。整った形をし、薄く造られています。持ちやすく、呑みやすいもので、冷酒にも熱燗にも問題なく使えると思います。やきものに関心を持ち出した昭和52年ごろのものです。他の二点もそうですが久しぶりに箱から出てきてホットしていると思います。
 真ん中のものは絵唐津で簡単な草の文様をあらわしています。厚めにつくられ腰の周りに轆轤目でアクセントをつけています。これもキッチリとした端整な形をしています。
 右端のものは皮鯨と呼ばれる絵唐津の一種です。鯨を輪切りにしたら皮の部分が黒く見えることから、お茶人たちの遊び心で名づけられた名称です。これを買うとき、片身変わりに掛けられた古い朝鮮唐津の写しがありどちらにしようか迷いながら、この少し前京都の画廊で見た小山富士夫先生の同じようなぐい呑が頭の中にありこちらを選んでしまいました。その写しのものを欲しいと思いながら未だに出会いがありません。一度逃がした獲物は二度と手に入らないので、無理をすることも必要なんですね。昨日はヤフ−オ−クションに出ていた原憲司先生の小ぶりの徳利を、釉の調子がいまひとつと思い傍観していたのは誤りだったかと今思っています。

 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


中里重利 中里重利 中里重利
中里重利
斑唐津ぐい呑
中里重利
絵唐津ぐい呑
中里重利
皮鯨ぐい呑