ケラメイコス 〜 陶工の町 39
唐津紀行−2(唐津)

 小石原で昼食を済ませて唐津に向かいました。杷木のインタ−から大分道に乗り、鳥栖ジャンクションで長崎道に入り、多久インタ−で下りて、唐津に向いますが、多久から厳木までは有料道路を利用し、それから一般道に下りることになります。「厳木」はどのように読むかご存知ですか。「きゅうらぎ」と読みます。どうしたらこのように読めるのか不思議です。
 唐津での最初の目的地は「土平窯」です。波戸岬に行く途中の山の中にあり、初めて行く人に場所の説明がしにくい所です。どこの窯元もそうですし、途中から引き返すこともできないようなところもあり、車では二度と行きたくないと思いながらも行ってしまいます。予定通り4時に到着し、陳列室でいろいろ品定めをしたり、窯を見学したり、その後は恒例のように母屋で酒盛りとなりました。しかし、今回はお茶の世界にはまっている土平さんがこだわりを持って造った2畳の茶室に通され、土平さんのお手前でお茶をいただきました。お茶をたてているのを見ていると茶碗が土平さんのものではなく、暗いのと離れているのとでよくは分からないものの、形は違うが、色合いが高麗青磁を思わせる茶碗でした。お茶を出されると同時に「どこのものか分かりますか。」と質問が飛んできました。茶碗が出された時に高麗青磁でないのはすぐに分かりましたが、茶室が暗く掘り文様等があるのかどうか分からなかったで、「越州窯か耀州窯のいずれか」と話すと、「越州窯です。」といわれました。いい茶碗というよりは、珍しい形をしており、色合いや造りなど、明るいところでゆっくりと見たい茶碗でした。越州窯は8世紀前後に栄えた中国の窯で本格的な青磁としては最初のものです。朽ち葉色というかオリ−ブがかったくすんだグリ−ンの色合いを持っています。
 奥様の手作り料理を毎回楽しみにしていますが、今回はサバの刺身と軽く〆たものが素晴らしかった。生のサバにはアニキサスという寄生虫がいて、これが胃壁に食いつくとひどい痛みがあり、内視鏡で取ってもらわなければならないのですが、幸い食いつかれることも無く美味しくいただきました。毎回のことながら、帰り道は運転手をしなければならないのでお酒が呑めないのは少々さびしいのですが、やきものの話が堪能でき心はそれで酩酊状態ですから満足して帰れます。頼まれていたぐい呑と自分用の薄く釉のかかった斑唐津のマグカップ各一個を買ったのですが、ぐい呑は好みがいろいろで気に入ってもらえていたらいいのですが・・。自分では気に入っているんですが、ゆがんで、すわりが悪いところがあるのをどう理解されるか・・。後日譚として、「歪んでいるが、手造りなんだろうか?」と家で話題になったそうです。有田は鋳型で造っていますが、唐津は全て手造りです。土平さんが一番上手いのはコ−ヒ−カップだと思っています。マグカップも普通のコ−ヒ−カップの大きさで、非常に持ちやすく、飲みやすく造られています。今まであまり感じなかったのですが、茶の湯に精進されてかなりたちますので茶碗が非常によくなってきたように感じました。この窯は土平さんの人柄と相まって暖かい雰囲気に包まれています。陳列室の前の斜面にはお弟子さんのためのしゃれた宿舎がつくられているのもそのあらわれでしょう。
 翌日は、朝、呼子の朝市、波戸岬の海中展望台とサザエのつぼ焼きを楽しみ名護屋城とその資料館の見学です。30年ほど前の名護屋城は調査も整備もされておらず、荒れ放題でしたが、きれいに整備され、名護屋城の全体がよく分かるようになりました。天守閣跡では発掘が行われている様子で、発掘している場所がブル−のシ−トで覆われていました。いつも感じることですが、この天守閣跡から玄界灘を望む眺めの雄大さには感動しますし、土平さんの窯からの眺めには何かしらホッとするものを感じます。

 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


土平窯 土平窯 土平窯
土平窯
作業場
土平窯
陳列室
土平窯
登り窯