ケラメイコス 〜 陶工の町 36
酒を呑む器−25 

  前回に引き続き備前焼のぐい呑を紹介します。  ぐい呑は、形、胎の厚さ、またヘラ目やロクロ目の入れ方によっては感じが大きく異なってきます。お酒を呑む器ですから、見た目、手取り、口当たり、また、熱燗か、冷酒かによっても微妙に使用する器は変わってくるといえます。昔と違い、冷酒で呑む吟醸酒全盛時代となりましたし、本醸造タイプ、純米酒タイプそして普通酒タイプまた山廃仕込といろいろうたい文句が並んだお酒が氾濫している時代となっています。そうなると、こうしたタイプのお酒に適した器を探す楽しみも出てきましたし、造り手の方もそこまで考える必要があると思いますが、こうしたことを考えている陶芸家はまだ少ないようです。しかし、たまに冷酒を意識して胎を薄く造っていると聴くこともあります。
 使う側からすると、胎が厚いと「鈍重だ。」、薄すぎると「貧相だ。」、ロクロ目の入れ方、鎬の入れ方によっては「いやらしい。」と勝手なことを言うのを楽しんでいる面もあります。この当たりのことは、使用する側と造り手の感性が一致するかどうかということかもしれません。なかなか一致することは難しいかもしれません。買い手はすぐ変化することを期待しますし、造り手は数百年壊れないものを造りたいと思っていますし・・。買い手の頭の中にあるのは数百年使い込まれてきて味のある雰囲気を持った器ですから、使えば使うほど目に見えて変化していくものを期待してしまい、そのようなものが良いものだと勘違いしてしまいます。造り手に言わせれば「そんなものは100年も持たないよ。」といわれてしまいます。そういった点では備前焼は釉薬を掛けず、時間をかけて焼締めているので頑丈そのものですが、それでも長い間にはいろいろ変わっていきます。
 左端はのものは、金重陶陽のご子息故金重道明先生のものです。若いころは非常にシャ−プな感覚の作品を発表されていましたが、これは穏やかなもので、ゴマのかかり方も穏やかで良く手に馴染みます。これを初めて使った時、口当たりの柔らかさにびっくりしました。まさにビロ−ドの口当たりで、見込は何ら面白みはないのですが、ひとたびお酒を注ぐとキラキラと銀色の輝きが見えてきます。金重家の土の良さを実感させられました。
 真ん中と右端のものは、大窯で知られる森陶岳先生のぐい呑みですが、真ん中のものは大窯よりも前の時代のもので、右端のものは大窯以後のものです。大窯以後は薄い造りで、型造りのような感じのものが多いように感じますが、真ん中のもののようにコップのように大きいおおらかなぐい呑みの方が先生の風貌また今90Mの大窯に挑戦中ということを考え合わせても先生らしさを現しているように感じています。このぐい呑はなみなみとお酒を注ぎたくなる雰囲気を持っています。そうなると私の適量を超えてしまうので眺めているだけにしようとなってしまいます。

 ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


備前ぐい呑 備前ぐい呑 備前ぐい呑
備前ぐい呑
金重道明
備前ぐい呑
森陶岳
備前ぐい呑
森陶岳