ケラメイコス 〜 陶工の町 35
酒を呑む器−24 

 今回は、備前焼の作家、中村六郎先生のぐい呑みを掲載しました。
 備前焼は作家が多すぎますし、常日頃関心を持って見ていないので誰の作品かなかなか分かりません、というか全部同じに見えてしまいます。金重素山先生、藤原啓先生、森陶岳先生、隠崎一郎先生そして今回の中村六郎先生などは個性豊かな独自の世界を展開しており一目で誰の作品か判断できます。また非常に上手いと感心しながらも何かしら好みに合わない作家として安倍安人先生がいます。素晴らしい焼き味を出していると感心しながらも・・人の好みは難しいですね。これらの作家と中村六郎先生をならべると批判を受けざるを得ないかもしれませんが、ぐい呑に限定してみた場合、備前焼ファンの絶対的支持を受けるのは、中村六郎先生ではないでしょうか。
 中村六郎先生は底なしの大酒のみと聞いていますので、呑み手の気持ちをよくつかんでいるのではないでしょうか。アルコ−ルに弱い私にとって先生のぐい呑はいささか大きすぎるのですが、手にすっぽりと収まってくれますし、写真でも分かると思いますが、呑み口も工夫されて造られています。他の備前焼の作家に見られない工夫もあります。ヘラを使われているのか、指で押さえて薄くされているのか分かりませんが唇に当たる部分が薄く造られ、また呑みやすいように少し低めに造られています。これらが併わさってお酒を注ぎ、手に取るとついついグイッと呑んでしまいます。愛用の徳利は1合も入らない可愛らしいものなので、これらのぐい呑と合わせるとバランスが悪くなってしまいます。2合はたっぷり入る備前の徳利でなくては無理がありますので、最近は使う機会が少なくなりました。
 左端のものは、平杯風で前面に黄色く灰がかかっています。裏面には淡い火色が出ています。これはお酒の入る量も少ないし、高さも低いのですが、白磁系の徳利とは相性が悪いようです。
 真ん中のものは、おとなしい感じのものですが、ロクロ目が力強く入り、指の収まりが非常にいい。前面には灰が榎肌風にざらついた感じて付いており、裏面は黒っぽい中にも派手さの無い火色が埋まっています。全体に派手さはありませんが非常に力強さを感じさせられるぐい呑です。
 右端のものは、少し高さがあり、すぼまった感じに造られています。これは、他の二つと違い、見るからに荒々しいというか力強いというか自己主張の強い出来となっています。前面に炎の勢いで灰が吹き付けられ、裏面の内側にも激しく灰がかかり、炎が吹き抜けていったさまがよく感じられます。
 平成16年に故人となられましたがヤフ−のオ−クションにはよく出てきいおり、そこそこの値段が付いているのでぐい呑ファンには未だ高い評価を受けているといえます。子息の中村真先生のぐい呑も出てきていますが、同じような形を踏襲されておられるのですが、手に取ると今ひとつシックリ感が違うなぁと言わざるを得ません。ロクロの引き加減、胎の厚さが微妙に違っていると感じています。
   ホ−ムぺ−ジには他の作品も展示していますのでご覧ください。


備前ぐい呑 備前ぐい呑 備前ぐい呑
中村六郎
中村六郎
中村六郎