ケラメイコス 〜 陶工の町 23
酒を呑む器−12〜色絵の器

 今回は、色絵のぐい呑についての話です。色絵といえば肥前の古伊万里や九谷ということになると思いますが、九谷でも初期の古九谷の色絵は今では戸籍変更され古伊万里に分類されています。古いやきものの場合には、こうした戸籍変更がたまにあるようです。その一つに広島市の江波で江戸時代に焼かれていた江波焼があります。染付の皿類が焼かれており、一目見ると江波焼と分かる様式だったのですが、今では古伊万里の中の志田窯とされ戸籍変更がなされています。話しを元に戻して、古伊万里と呼ばれるものは、鍋島様式、古伊万里様式、柿右衛門様式の三つに分類されます。下にあげたものは、左から鍋島様式、柿右衛門様式そして現代の色絵作家のものです。鍋島様式は鍋島藩の直営の窯として精緻を極めた作品が焼かれており幕府や各大名への贈答品として使われ一般に流通することはありませんでした。今では伊万里市の大川内山で鍋島焼として、また有田町の今右衛門窯がその伝統様式を守っています。左の笹を描いたものは今右衛門窯の作品です。素焼して、下絵を付けて本焼し、さらに上絵を付けて色絵窯で焼いています。赤とか金色があればもう一回は増えるのではないかと思います。今右衛門窯の窯は登り窯ではなく倒焔式の窯で四角形をしており、床下で燃料を焚き、その焔が壁を伝って天井部から窯室に入るというもので、燃料は何種類かのものを併用し最後には薪を使うとのことでした。薪を使わないと微妙な肌の色合いが出ないとのことです。アレオバゴスのメンバ−であった欣也さんの実家が有田町のメインストリ−トにあり、今はこちらに帰られて今右衛門窯で窯焚きの仕事をされていますので有田に行かれたら案内してもらうといろいろ楽しめると思います。
 真中のものは、柿右衛門様式で、仁和窯の作品です。過去に酒井田家が柿右衛門の商標を出資し、事業家と組んで事業を起こしたことがありましたが、いろいろな問題があって提携が解消された結果、この事業家が柿右衛門様式の作品を焼くため起こしたのが仁和窯ですが、今は廃業し、仁窯として継続しているのではないかと思います。このぐい呑は鳳凰を中心に描いています。柿右衛門といえば、乳白色の肌をした濁し手といわれますが、濁し手の作品は、当代柿右衛門が造るものに限定されており、職人さんが造る柿右衛門窯の作品には使用されていません。ちなみに、高台の内側に柿右衛門と青い字で書かれているものが窯の作品となります。今右衛門窯も同様です。柿右衛門様式の窯では、柿右衛門窯の少し手前に古淋庵という店があります。長年柿右衛門窯の職人として働いてきた人が古淋庵ブランドで柿右衛門様式の作品を造っているものですが、本家と比べれて遜色なく、値段は非常に安くてうれしい窯です。
 右端のものは元芸大教授で人間国宝になった藤本能道の作品です。八角形に面取りし色違いの茄子の絵を表裏に各1点、側面に赤い点を各1点描いただけのシンプルなもので気持ちのいい仕上がりとなっています。この人の作品もこのようなものであれば好きなのですが、晩年は非常に技巧的というか写真的というかもう一つ好きになれません。中国ものでも明時代のものまではいいのですが、清の琺瑯彩とか赤とか黒とかの単彩の技術的に完成度の高い、精緻な作品はいま一つ好きになれないところがあります。土ものの偶然性を楽しみ、窯傷も景色としてみる日本人の美的感覚には理解が難しいのかもしれません。
 色絵の作品にはあまり関心がありませんが、「のぞき」の色絵には関心を持って物色中ですがなかなか気に入るものが見つかりません。有田の庄村健と嬉野の小野祥瓷、宮崎裕輔がいいなあと思っていますが、まだ手に入れようとまではいっていません。

今右衛門窯 仁和窯 能道
笹文ぐい呑 今右衛門窯
鳳凰文ぐい呑 仁和窯
茄子門ぐい呑 藤本能道