ケラメイコス 〜 陶工の町 22
酒を呑む器−9〜黄色い器

 黄色いやきものというと、色絵磁器の系統を除くと、黄瀬戸ということになると思います。唐津にも黄唐津と呼ばれるものもありますが、今では造る人もほとんどいませんし、伊羅保と呼ばれるものもありますが、黄色の系統とは云っても茶色に近いものともいえますので、ここでは黄瀬戸を取り上げます。

 黄瀬戸は桃山時代に美濃で焼かれたものですが、一般向けの食器類としてではなく、お茶の世界で使われる器として造られたものです。向付、鉢そしてぐい呑などがありますが、茶碗として造られたものはないようで、向付が茶碗に見立てられてきています。例外として、「あさひな」と呼ばれる瀬戸黒の形をした茶碗がありますが、これは例外的なものといえます。

 黄瀬戸といえば加藤唐九郎を思い浮かべます。確かに、すばらしい桃山の黄瀬戸をよみがえらせましたが、一時期を過ぎると灰が手に入らなくなり良い黄瀬戸が焼けなくなったといっています。今黄瀬戸の作家として名前が通っているのは鈴木五郎と各努周海でしょう。それぞれ個性豊かな現代の黄瀬戸を造っていますが、どうも個性が強すぎて手元に置こうとまでは思っていません。いままでいろいろぐい呑を集めましたが、毎日使っても飽きのこないものは意外と少ないもので、パット見に惹かれるといつの間にか使っていないことに気づきます。著名な作家のもの、また独特な技法を駆使しているものは持っておきたいとの思いもありますが、諸般の事情によりなかなかそうはいかないのが現状です。

 これら三人以外にあまり知られてはいないのですが、原憲司がいます。最初は、黄瀬戸しか焼いていませんでした。一窯焼いて5個前後の作品しかとれないとのことでした。今でも黄瀬戸についてはそうだと思いますが、志野、瀬戸黒、織部などいろいろ焼いていますので窯全体の歩留まりはよくなっているかと思います。初期の作品は光沢に乏しい感もありましたが、作品を並べてみると釉薬が改良されていく様子がよく分かります。小さな陶片を出してきて「この色合いが目指しているものだ。」と云われていたのは非常に白っぽい色合いのもので、その当時は確かに黄色みの少ない作品でした。その後、オリ−ブ色ぽいものが出来ました。最近の作品を見ていませんが、この手が原さんの最高のものだと考えています。

 大柄ではありませんが、がっしりした体格で、ギョロッとした眼を輝かせながら初めて訪ねたにもかかわらず長時間話を聞かせてもらいました。それから少しして志野も焼かれだしましたが、これは第22号を参照ください。個展の写真を見る限りでは、色合いは分かりませんが、形がいまひとつとの感じがしています。再度訪ねてみたいと思いながらも少々遠いですね。

 左のものは初めて手に入れたもので、黄瀬戸の典型ともいえる胴紐形のものですが、形に硬い感じがあり、釉薬もカセた感じがあります。真ん中のものは、何を狂ったのか湯のみといってもいい大きさのぐい呑を造った時期のもので、同締といわれる形です。この形のものはぐい呑にしても茶碗にしてもこれしか見たことがありませんのであまり作られてはいないと思います。最後のものも胴紐形です。この手のぐい呑としては最後に手に入れたもので、左の二点と比べて手馴れた形となっていますし、釉薬の調子も違っています。その他、輪花や六角などもありますが、これらはホ−ムペ−ジの方でご覧になってください。

黄瀬戸1 黄瀬戸2 黄瀬戸3
黄瀬戸胴紐ぐい呑 原憲司
黄瀬戸胴締ぐい呑 原憲司
黄瀬戸胴紐ぐい呑 原憲司