ケラメイコス 〜 陶工の町 18

酒を呑む器−7〜白い器−3



    前回の志野焼はわが国独自のやきものといえると思います。同じ時代に焼かれた織部焼も同様にわが国独自のものといえるかと思いますが、ペルシャの影響を受けているとも言われています。釉薬・意匠はそうかもしれませんが、あの独特の造形感覚は織部独自のものといってもいいでしょう。この時代以降のやきものは茶の湯を常に意識して今日まで発展してきたといえると思います。茶の湯は、朝鮮や中国のやきもの、キリスト教のミサの作法の転用、ルソンの壷などあらゆるものを取り込んで独特の美意識をつくり上げ、やきものは、その影響を桃山以降受け続けてきているといえます。

 まず、萩焼ですが、これも豊臣秀吉が朝鮮出兵にともない連れ帰られた陶工により開窯されたもので、唐津などと共通する技法の一つに白萩があります。唐津と違い、より白く発色しています。ただ、真ん中の写真のようにピンク色の窯変も出ることがあります。白萩では三輪一族が有名ですが、たいていの作家が造っています。ただ、私自身萩焼が好きではないという単純な理由―使うと茶色の汁が噴出すため―で萩焼に関心はすくなく、兼田昌尚に多少関心を持っている程度です。最近の刳り貫きのものは面白いと思いながらも今ひとつ関心が持てないというか、欲しいものが少ないというか、要するに出来にバラツキがあると言わざるを得ず、手を出さないということになりました。こうした造詣感覚で優れている作家に備前の隠崎隆一がいます。ただ、彼の作品が使える器かというとそうではなくて見る器といわざるを得ませんが、大いに関心を引く作家であることには変わりありません。備前物にこだわらず、白い釉薬や織部風の緑の釉薬を使ったものなどもあり、また、素直でしっかり焼き締めた使ってみたくなる茶碗を焼いているなど興味深い作家です。写真に上げたものは、三つ足で、白い釉薬を掛け、胎土を炭化させているという面白いものです。この形で緑の釉薬を掛けたものもあります。その場合、胎土は炭化させず、織部風に上げています。私にとって、使えもしない作家のものが数点手元にあること自体不思議ではありますが、それ以上にすばらしい造形力を持った作家ということかも知れません。しかし、使えないものには関心が無いので、原憲司の黄瀬戸や川瀬忍の青磁とは違い同じものを二つも三つもということにはなりませが・・・。織部焼もそうなんですが、造形的なものはそれ相応に関心をひかれます。しかし一時的なものでしかありません。織部が生きていた時代のものは作為が目立つものであってもいやらしさがなく、気持ちよく見られます。造形感覚に乏しく、織部焼といったパタ−ンとしての感覚で製作されたものには魅力のあるものはありません。そのあたりのことを注意していい作家を探すようにしなければなりませんが、なかなか難しく外見で捕まってしまい押入れの中に放り込んでおくという状態が続いています。

兼田昌尚 兼田昌尚 隠崎隆一
白萩ぐい呑 兼田昌尚
白萩ぐい呑 兼田昌尚
白酒呑 隠崎隆一