Drifting too far − 9


 戦後生まれでは初めて、安倍さんが内閣総理大臣となり、政治の世界は大きな転換期が来ているのかもしれません。また、私たちの生活を取り巻くいろいろな環境も大きく変わってきています。私たちは、時代の大きな流れを押しとどめることはできませんが、ただ黙ってそれに流されてしまっては、取り返しのつかないことになってしまうのも事実でしょう。科学技術の進歩はそれに拍車をかけてきます。しかし負の面も少なくはないというか、科学技術の進歩が私たちを滅ぼす原因となっているような気がしてなりません。植物の世界では、一定以上に同じ植物が繁殖してしまうとその植物が死に絶えてしまいその植物が生えないスポットが形成されるということがあるそうです。科学技術の進歩自体は何の問題もないでしょうが、私たちの生活を豊かにするために利用する仕方を間違えてしまえば、水俣病やイタイイタイ病のような結果として跳ね返ってきますし、環境ホルモンの問題のような目に見えない形で進行するものもあります。少子化の原因がこれにあるのか、晩婚化にあるのかわかりませんが、いずれの場合にしても科学技術の進歩にともなう自然環境また社会生活が変化した結果といわざるを得ません。

 科学技術の進歩では、9月8日に最高裁が死後の凍結精子によって生まれた子供を本来であれば父親である者の子とは認めないとの高裁の判決に対する上告を退けました。凍結精子の問題、移植治療の問題、延命治療の問題、代理出産など私が子供のころには夢物語だったことが当たり前の話題として出てきます。しかし、人類がそれぞれ国家を形成し、その中でまた相互間で問題なく社会生活を送っていけるのはそれなりに「決まりごと」をつくっているからだと思います。同じように、自然界には自然界の目に見えない法則があるのではないでしょうか。生物はDNAの集まり方によって、人間やサルを出現させます。こうしたDNAの集合体をゲノムと呼んでいます。ヒトゲノムの解読が終わり、これからは遺伝子レベルでの治療が可能な時代に入っていくことと思います。しかし、リチャ−ド・ド−キンス流に「人間はDNAの乗り物」と考えて、人間の目的は、生物学的に割り切って「自分の子供をつくり、育て、死んでいくこと。」と定義することもできます。当然、自然界全体を対象にしているため、その前提となっているのは弱い生物はその目的を果たせずに死んでゆくということになります。いずれにしても「人間の目的は子孫を残すこと」となってしまうと、死後の凍結精子も代理出産も認められてしかるべきではないかとなってしまいます。しかし、自然界での「人間の目的はDNAを残すこと」とは自然の法則の中での話ですから同列に論じることはできません。むしろ自然の法則に反することは許されるべきではないと考えざるを得ません。

 臓器移植の問題も同じこととなりますが、物事には程度問題ということもありますし、「分を守る。」ということもあります。臓器移植で助かる命はたくさんあると思います。しかし、臓器移植を限りなく推し進めていけばカズオ・イシグロの「わたしを離さないで」の、臓器を提供するためだけの目的で育てられる人間が存在する世界が到来しても不思議ではありません。脳だけ残し身体はどんどんすげ替えていくことが可能とならないともいえません。人間の細胞はもともと一定の回数しか細胞分裂ができない仕組みがあるといいますし、老化というシステムが組み込まれてもいます。自然界の一員としての認識を忘れてしまうと、サルの惑星の世界が現実となるかもしれません。自分の身体が在るがままの状態で可能な限り生き抜き、自然の中に存在する一回限りの命の大切さを忘れることなく充実した生をおくることが大切かもしれません。それが自然=神の摂理ではないでしょうか。そのように考えるのは頭の中だけの問題ですが、心の問題もあります。自分のことは別としても、子供が臓器移植を必要とすることになったら、当然移植を望みます。理屈と感情のせめぎあいにどのような折り合いを付ければいいのか・・。今日、バス停にいたら小さな子供から臓器提供意思表示カ−ドを貰いましたがどこに○を付ければよいか悩んでしまいます。

 死後の世界を研究したものを読むとよりレベルの高い命に至るため何度も生まれ変わってきているといいます。輪廻転生ですが、あいにく耶蘇教にはこうした考えはなく、これを信じた中世のカタリ派は異端として抹殺されてしまいました。「天国か地獄か」ダンテの「神曲」を勉強し、地獄で苦しむ魂と将来の私の魂のために、毎日、「天使祝詞」を唱え続けましょう。といっても、生きるも地獄、死ぬも地獄。何のために生きているのか、わけが分かりませんが、今を一生懸命生きなければと思ってますけどねぇ〜。

 前回は、「いっぱい飲んで、ほろ酔いかげんで書いているのか」とメ−ルをいただきましたので、今回はまじめにと思っていたら、外面だけで、内容はいつものとおり千鳥足になってしまいました。

天使祝詞・・・http://www.minc.ne.jp/~hosanna/prayer/oratio/avemaria.htm


えくれしあ43号 h18. 10