Drifting too far − 8
Hank Williams with The Drifting Cowboys

 さてなにを書こうか。今月は書かずに済まそうかと思っていたらポッと頭にドゥリフティング・カウボ−イズという言葉とアイ・ソ−・ザ・ライトという歌が浮かびました。まさに神の摂理。ハンク・ウイリアムスというカントリ−・シンガ−がいます。彼のバンドがこのドゥリフティング・カウボ−イズであり、アイ・ソ−・ザ・ライトはハンク・ウイリアムスのつくった歌ですが、ご存知の方は少ないと思います。ハンク・ウイリアムスはジャンバラヤという歌もつくっていますので彼のつくった歌を聴いたことがある人は多いと思いますが。彼自身の歌を聴いたことがあるといわれる方は少ないのではないかと思います。

 カントリ−を聴き始めたのは高校生のころで、その当時は、カントリ−&ウエスタンと呼ばれ、この中のジャンルはいろいろ分かれていました。その中のウエスタン(カ−ボウイ・ソング)ばかり聴いていました。次にカントリ−・ジェントルメンのブル−グラスにのめり込み未だにその中にいますが、今はアリソン・クラウスという女性のブル−グラス歌手ばかり聴いています。ハンク・ウィリアムスの歌はいろいろなジャンルで取り上げられており、ブル−グラスでも例外ではありません。アイ・ソ−・ザ・ライトもカントリ−・ジェントルメンやビル・モンロ−なども取り上げています。ハンク・ウイリアムスの影を帯びたような物悲しく、幽霊が歌っているような独特の歌い方にはいつの間にか引き込まれていき、ウェディングベルという失恋の歌と喜びに満ちたアイ・ソ−・ザ・ライトの二つが大好きな曲となりました。

 カントリ−の8割がたは失恋の歌だといわれています。ダンス・パ−ティ−で友人に彼氏を取られてしまったテネシ−・ワルツも彼氏のことを思い出して泣くのは今では一日一回になったと歌うワンス・ア・デイそして大好きな曲ウェディングベルでは未だに忘れられない彼女から結婚式への招待状が来て今頃はウェディングベルがなっていると嘆いています。こうした曲と同時にセ−クレッド・ソングといわれる神への賛美を歌ったものも沢山あります。ディキシ−ランド・ジャズやルイ・ア−ムストロングの演奏などで有名な、ビル・モンロ−も取り上げているお葬式の行列を歌った聖者の行進やハンク・ウイリアムスのアイ・ソ−・ザ・ライトも神への賛美を歌っています。私は罪に満ちた生活をおくり、目的もなくさまよい続けてきた。今、光を見た。もはや暗闇も夜もこない。今は、幸せに満ち、落胆するような悲しみなどない。主をたたえよう。私は光を見た。リフレイン部でI saw the light I saw the light / No more darkness no more night / Now I'm so happy no sorrow in sight / Praise the Load I saw the light が幾度も繰り返されます。カントリ−歌手は今でもワン・ナイト・スタンドと呼ばれる一晩限りの興行のため転々と町から町へと移動していきます。そうした途中道に迷い、深夜になってやっと町の明かりを見つけた喜びを歌った歌です。信仰のバックボ−ンがあるからこうした喜びが神への賛美に結びつくのかもしれません。どんなにふしだらな、飲んだくれた生活をしていても・・。ハンク・ウイリアムスが亡くなったのもこうした興行途中の車の中だったといわれています。車の床にはバ−ボン・ウイスキ−のビンが散乱していたそうです。ハンク・ウィリアムスは一体どんなバ−ボン・ウィスキ−が好きだったのか気になるところですがバ−ボン・ウィスキ−の話は別の機会にまわします。

 耶蘇坊主の遺言は、十字架を忘れないためにワインとパンを食べることですから、イエス様の汗(白ワイン)をなめ、血(赤ワイン)をすすり、体(パン)をむさぼり食らうのが信仰の基本といえます。そのためかワインの名前にはイエス様と関係あるものがたくさんあります。イタリアにはラクリマ・クリスティ−(イエス様の涙)、ドイツにはリ−プフラウミルヒ(マリア様のお乳)、飲食の場所ではないでしょうがドイツのイエズスガルテン(イエス様のお庭)というブドウ畑もありますし・・。なんの話をしていたのか忘れてしまいましたが、どんな生活をしていようが心の底には神様がいなければいけないということが云いたかったのでしょう。キリスト教が根付いた世界に生まれた人はハンク・ウィリアムスのようになれるでしょうが、まったく異質な多神教世界で、自然も自分たちが殺した相手も神様に祭り上げてしまう日本に育った者にとっては一神教は受け入れがたいところもあります。しかし、傘の中に入った以上それなりに進まなければなりません。何時かは傘の中に全身を入れることが出来るようになるためにも、イエス様の十字架の苦しみを思いながらワインを飲まなければなりません。神様を忘れては、救いも得られないし、ワインを飲む楽しみも少なくなってしまいますので、安くて美味しいワイン探しは「よい実を結ぶ」ための行動と考えたいですね。

えくれしあ42号 h18. 9