Drifting too far − 21

広島フィリピン人協会クリスマス会から

 この1年を振り返ってみると仕事の面でも、身体的にも精神的にも最悪の年だった、その序章にならなければとの思いばかりでした。しかし、広島フィリピン人協会の人たちから遊び仲間に入れてもらえたようなので真っ暗な海の遥かかなたを漂っていながらも一条の光が感じられます。真っ暗な海を漂うという気持ちは日本で生活する外国人も常に感じている気持ちかもしれません。自動車産業を中心に派遣労働者の失業が大問題となっています。ブラジル人はこの大波に飲み込まれていますが、幸いなことにフィリピン人にはこの問題はまだ波及してきていないようです。しかしこのまま経済環境が悪化していけば巻き込まれてしまうのではないかと危惧されます。
 広島フィリピン人協会が主催した12月14日のクリスマス・パーティーに参加しました。そこでは日本人グループのバンドやフィリピン人による民族舞踊や歌などいろいろな催しも行われ楽しい時間を過しました。バンドが演奏した曲の中に、クリスマスに因んだ曲とともに、「聖者の行進」がありました。私達の年代では、ルイ・アームストロングの印象が強いのではないでしょうか。ディキシーランド・ジャズのナンバーとしてポピュラーなのですが、私の場合、カントリー系に凝り固まっていたので「聖者の行進」といえばモンロー・ブラザースのものしか頭にはありません。ブルーグラスという演奏形態を創り上げる前のビル・モンローとその兄の二人のグループです。1930年前後の民謡が商業ベースに乗り始めた時代のものでした。当然、陽気なディキシーランド・ジャズの形態とは違い地味なものですが、ルイ・アームストロングが流行っていた時代ですから、逆に地味な歌が耳のそこに残ってしまったのかもしれません。
 歌詞は人によって違いがありますが、リフレイン部分は共通しているようで、Oh, when the saints go marching in(聖者たちが行進していくとき)Oh, when the saints go marching in(聖者たちが行進していくとき)Lord, how I want to be in that number(わたしも聖者の一員となりたい)When the saints go marching in(聖者たちが行進していくとき)と歌われています。25日にはイエス・キリストが生まれてくるのですから「聖者の列に加わりたい」と思うのは当然のことかもしれません。私もこの一年のことを振り返るとそろそろ「聖者行進」の主役なってもいいのかと思いますが、窓の外に天使様は顔を見せていませんし、鎌を持った骸骨も見かけません。映画にもなった伊坂幸太郎の小説「死神の精度」では、音楽が好きでどのような姿をしているかは分からないし、数日一緒にいてどうするか判断するようですが、向こうから近づいてきた友人はいないようです。そうは言ってもいささか疲れて真っ暗な波間を漂っているのですから、いずれは岸に引き寄せられなければ、沈んでしまう運命にあります。そうなんですね。この歌の聖者とは死者を意味しています。当然「聖者の行進」とはお葬式の行列のことです。奴隷として苦しみは天国に行かなければ解放されない状態を歌ったものです。ディキシーランド・ジャズで陽気極まりない演奏がされるのも苦しい思いをひと時でも忘れたいためなのかもしれません。死ぬほどの苦しみも笑い飛ばすことが生きていく上では必要なのかもしれません。
 生老病死は避けることが出来ません。栄枯盛衰もこの世の習いかもしれません。どうすれば良いのか分かりませんが、あがいても仕方がないので、のんびり波間を漂っているしかないありません。ミシシッピー・ジョン・ハートの”Do Lord Remember Me”を口ずさみながら・・。
 この歌は実に単調な短い曲なのですが一人寂しく真っ暗な波間を漂う人間にとっては切々と響いてきます。”Do Lord Remember Me”はリフレインの最後の一節で歌われるます。一節目は、”Do Lord do Lord, do remember me”で、2節目と3節目”Do Lord do Lord”となり” do remember me”の部分は歌う代わりにギターでメロディーが演奏されます。また、各フレーズの歌詞、When I’m on my knees praying(跪いて祈るとき)、Oh when I’m in trouble(トラブルの渦中にあるとき)の後も同じです。私は「心に留めてもらうほどの価値もない」、「こんな言葉を口に出来ないほどのろくでなし」だけど、との心の叫びを表しているのでしょう。やわらかく、やさしく、暖かく歌ってくれます。心の底の声に出せない思いを秘めながらも伴に歩んでいくことが必要なのかもしれません。可能であれば、これからは常に心に“do remember me”の呟きを持ちながら生きていきたいですね。