Drifting too far − 17
「風の天主堂」から

 前回のオイディプスやヨブが私たちに神また運命とは何かを考えさせてくれます。いくら考えても結論は出てこないと思います。しかしそうした過程においてさまざまな思いが沸き起こってきます。ぬるま湯につかっている私にとっては頭の中を走り廻って入ればそれでいいのですが、命を賭けた人たちも沢山います。今、チベットでの騒動の渦中にいるダライラマを頂点とした人たちもいますし、自分自身の命を犠牲にした自爆テロ=聖戦で天国に向かうイスラム教徒もいます。中世の十字軍や一向一揆などのように宗教的熱情に命を賭けた人たちもいました。それはそれで素晴らしいことだといえますし、彼らの努力の結果として今があるのだといえます。
 先日刊行された「風の天主堂」という紀行本を読んでいますが、これを読みながらペトロ岐部と187人の殉教者を思い出しました。江戸時代に殉教した人々で、今年の11月24日に長崎で聖人の手前の福者に列福されますが、彼らの思いが明治時代に造られた天主堂に凝縮しているのではないかとこの本を読みながら感じています。
 明治6年(1873)にキリスト教が解禁されるまでキリスト教への迫害が続きますが、解禁後、長崎の各地に教会が建設されました。こうした教会は「大いなる遺産 長崎の教会」という写真集で見ることができます。また「神に対する人の道を貫いた人々 長崎の教会」と題されたホームページでは、教会の写真や沿革などを手軽に知ることが出来ます。私にとっては、そこに掲載されている教会建築の美しさに関心を奪われてしまいますが、「風の天主堂」を読みながらなんともいえない思いにもとらわれてしまいました。教会を建てるために土地の人々が爪に火をともすようにして資金を捻出したこと、またそれに応えてキリスト信者ではない大工の棟梁が数々の素晴らしい天主堂の建設に協力し、未だに研究対象とされ、観光資源としても重宝されていることを考えると信仰の相違や信仰のあるなしを超えた何かがあるような気がして仕方がありません。 
 ヨーロッパの壮麗な教会建築は確かに素晴らしいし、信仰の世界を現しているのかもしれませんが、何かしら自分とは違う世界の信仰と感じざるを得ません。写真集などにある天主堂を見ると建築としての美しさを超えたものを感じるのはなぜだろうかと考えると、キリシタン弾圧の歴史もあるでしょうし、信徒が自分たちの祈りの場を必死で造ろうとした気持ちもあるでしょうし、その建築に尽力した人たちの思いもあるでしょう。穏やかな海に臨む民家や山肌の中に異質な形ではありながらも、のんびりとした雰囲気の中に溶け込んでおり、その内部に入るとその土地の雰囲気とはまったく違う空間が広がり、なにかしら暖かさと安らぎの気持ちを感じさせる不思議な空気を感じます。その土地に根付いたというか、その土地と一体となったというか日本独特のメンタリティーを取り込んでいるのかもしれません。そこで感じるのは一神教の厳しさよりも日本独特の宗教感覚とでも言ったらいいのか日本的なキリスト教を感じてしまいます。仏教や神道も一緒に取り込んでしまうというのではなく、キリスト教としてのアイデンティティを持ち続けながらも生まれ育った風土からは逃れられないものがあるからだろうと思います。日本教徒キリスト派なのか、キリスト教日本派なのか分かりませんが本籍はキリスト教ですからそれでいいのだろうと思います。
 イエスが説いた宗教とその死後に広まったキリスト教とは明らかに違ったものだったと思いますし、その後の歴史の中でも紆余曲折を経て今のカトリックとしての信仰体系が形作られてきたのですからその枠をはみ出さない限りにおいて日本的な捉え方があってもいいのだろうとは思います。かろうじて傘の中に入れてもらっている私にとっては、何時かは確りと傘の中に身を置くことができるようにしなければならないのでしょう。信仰は頭の中の話ではないですし、行動するだけでもないかもしれません。殉教した人々の熱烈な心も、転びながらも信仰を守り続けた人たちのしたたかな強さもない私は遠く岸辺を離れて波間に漂う葦船であっても取り敢えず一生懸命生きることかもしれませんが、これがまた難しい・・。

「風の天主堂」内田洋一著 日本経済新聞出版社 2000円
「神に対する人の道を貫いた人々 長崎の教会」(http://www1.odn.ne.jp/tomas/)