Drifting too far − 12
目に見えない力

 私たちが人生を送っていく過程には、いろいろな出会いや別れ、一寸したきっかけで人生が、とまでは言わないまでも生活態度が変わってしまうということがあります。また、いろいろな偶然が重なって一定の方向に事態が進みだしたり、「虫の知らせ」というか何かしらの信号を感じ取ってそれに即した行動をとるといったことがあるように思います。仕事をする上においても可能な限り情報を集めようと努力しています。そのため意識的に、また意識していなくてもアンテナを沢山立てることになります。しかし、いくらアンテナを立てても自分にとって何が必要な情報なのかを嗅ぎ分ける能力を常に意識して磨いておかなければならないといえます。

 神様がいると感じたときもそうでしたし、カトリックの公教要理の勉強を始めたのもそうでした。ましてや洗礼を受けると決めたのもそうでした。実際、これらは必ずしも自分から進んで求めていったものではなく、成り行きでそうなったと言わざるをえません。洗礼式の前日から緊張したとか、洗礼式で感激したとかいろいろ伺いますが、私自身、なんらの感激も無かった。ただ淡々と洗礼式に参加したにしか過ぎません。非常に鈍感な感性しか持ち合わせていないので、信仰というものを勉強するためには形から入るのが一番。そのうちに身につくだろうと思っている程度ですから何時のことになるかよく分かりません。

 カトリックの教会で公教要理の勉強を始めだしたのは、たまたま本を探しに教会の中の本屋さんに行き、シスタ−と話している中で、聖書の勉強をしたいといったら、あの神父様がいいと紹介を受け、窓口にいったら転勤するので駄目だとのことで、別の神父さまを紹介され、聖書の勉強でなく公教要理ならいいですよとのことで、まぁいいかと週1回通うことになったためです。初めて神父さまに会ったとき、自分の神様のイメ−ジにぴったり合っていてびっくりしました。学生時代に小説を書く先輩がいたので、自分が書くとすればドストエフスキ−のカラマゾフの兄弟の中で大審問官の「いまさら出てきてもらっても困る」といわれるような頼りなく、やせ細った姿でトボトボと私の後ろを一定の間隔で着かず離れずついてくる老人のイメ−ジでした。その神父さまは、腰が90度曲がり下を向いて歩き、頭の毛は乏しいけれどひげを長く生やした姿で歩かれていましたが、話されるときは背筋を伸ばし、若々しい声で話されていました。勉強はそっちのけでこれまで経験してこられたことなどを漫談師のように、面白おかしく話をされます。洗礼の話もありましたが、言葉を濁したままズルズルと勉強を2年近く続けていたある日、ロビ−においてあった「心のともしび」というパンフレットを見ていると、長く勉強しているのに洗礼を受けることが出来ない学生の話が出ており、そろそろ年貢の納時かなぁと感じながら部屋にあがりました。その日の勉強の終わりに神父様から洗礼の話が出ましたので、「お願いします。」と答えると、ホットされ、「もし、断られたら、怒ろうと思っていた。そして勉強をやめようと。」といわれました。確かにそうですよね、子供のころ釣りをしていて目の前にえさを持っていっても食いつかないハゼを見て「この野郎」と思っていましたから・・。しかし、潮の流れが変わった瞬間に食いついてきます。何事にも「その時」があるんだろうと思います。もし、「心のともしび」を見ていなかったら、言葉を濁していたように思います。

 日曜日は、晴れたらテニスに、テニスが無い日は教会にといういい加減な耶蘇教徒ですが、たまたま先日、日本の殉教者が聖人の一歩手前の福者になるらしいとのことで、関連の本を探しに教会に行こうかどうしようか迷いながらも出かけて行ったら、シスタ−から「神父さまが亡くなられたのをご存知ですか。今日のミサは神父様に捧げられました。」と聞きました。疲れていたのにここに来たのはこれを聞くためだったのだと感じてしまいました。普通ならコヒ−を飲みに出てきても、教会までは来ないのですが、教会まで来る気になったのはアンテナに何かが引っかかったからなのかもしれません。教会でのお葬式がどんなものか経験が無いので、お通夜とお葬式にでましたら、さすが神父さまですね。立ち席が出るほどの参列者でした。この中で、神父さまは84歳で、土曜日の午後6時に亡くなられたと報告がありました。私の父も84歳で亡くなっています。土曜日の午後6時はミサの始まりの時間です。毎日、一人で午後6時からミサをあげておられました。私自身、神様がいると感じたとき以来、神様が悲しむ心を取り去ってしまったので、悲しいとの気持ちはまったくありませんが、これまでのことを考えると、偶然の一致と捨て去ってしまうことの出来ない、目に見えない何かがあると感じざるをえません。ヨブの言葉通り、「あなたは全能であり御旨の成就を妨げることはできないと悟りました。」ですね。

えくれしあ47号 h19. 2