本の紹介

岸本英夫「死を見つめる心」〜ガンとたたかった十年間  から抜粋 (講談社文庫)

◎ 生命飢餓状態に置かれた人間が、ワナワナしそうな膝頭を抑えて、一生懸命に頑張りながら、観念的な生死感に求めるものは何であるか。何か、この直接的なはげしい死の脅威の攻勢に対して、抵抗するための力になるようなものがありはしないかということである。それに役立たないような考え方や観念の組立ては、すべて、無用の長物である。

◎ 生命飢餓状態になった場合には、死との闘いは、もはや、単に観念的のものではない。死の恐怖は、人間の生理心理的構造のあらゆる場所に、細胞の一つ一つにまで、しみわたる。生命に対する執着は、藁の一筋にさえすがって、それによって追ってくる死に抵抗しようとする。

◎ 人間にとって何より恐ろしいのは、死後の世界があるか、ないかということより、あるかないかわからないままに、生命欲に圧倒され、無理に、あると自分にいいきかせて、なぐさめようとする、しかし、どうしても疑いがおこってきて、煩悶するようになることではないか。それが、一番悲惨ではないか。こう考えて、私は、どちらかにきめてしまえば覚悟がつくかもしれないと思った。そして、ひとつ、悪い方に決めてしまおうということで、死後の世界はないのだと心にきめたのである。死後、極楽だの天国だのがあるという考えかたで自分を救おうとしないで、なくても耐えていくことを考えはじめたのである。死後のことはわからない、という建前のもとに、自分の生命欲、生命飢餓感とたたかっていくことにしたのである。

◎ 私は、一個の人間として、もっぱらどうすれば「よく生きる」ことができるかということを考えている。しかし、そう生きていても、そこに、やはり生命飢餓状態は残る。一日々々をよく生きながら、しかも同時に、つねに死に処する心構えの用意をつづけなければならない。私は、生命をよく生きるという立場から、死は、生命に対する「別れのとき」と考えるようになった。立派に最後の別れができるように、平生から、心の準備を怠らないように努めるのである。

◎ 以前は、死んだらどうなるかという恐怖をごまかすために、むしょうに、がむしゃらに、働いてきた。しかし、今は、それほど、こわくない。もう少し、静かに人生をくらしてゆく方が、ほんとうの人生ではないかと考えるようになった。