本 の 紹 介


無私の日本人  磯田道史著 文芸春秋 1,500円



 この本は、穀田屋重三郎 中根東里 大田垣蓮月の三名について書かれています。一般にはほとんど、全くと言っていいほど知られていない人物だと思います。大田垣蓮月についてはやきもの好きには知られているかもしれませんが、私自身、作品に関心もないことから尼さんの歌人で自分の和歌を釘掘りしたやきものを造って生活していた程度のことしか知りませんでした。改めて、この本でどのような人だったか知らされた訳ですが、生きることのむずかしさと時代環境の重さを感じさせられます。中根東里も名前だけ何かの本で見た記憶がある程度でしたが、儒学者であったことを知りました。この二人については抜きんでた美貌や才能を持っていたことからするとそのあたりのことと世間とのはざまに翻弄されながら、自由に生きた面があったと同時に、自分のことをさておいて周りのために必死に生きたということでは素晴らしいのですが、凡人から見ると片意地を張った天才の変人と考えてしまいます。
 しかし穀田屋重三郎になると全く違ってしまいます。私たちと大して違いのない普通の人間でありながら、自分の住む宿場町の窮状を打破しようと思いあぐねた末、考え付いたのが伊達藩に千両貸付けして、一割の利息を永代もらい、それを宿場の全員に配布して宿場町の疲弊を防ごうとし、同じ思いの者を募ってそれを成し遂げました。確かに無私の精神として称賛に値するといえますが、果たしてそれでいいのか、なにがそこまで彼を突き動かすことになったのかに関心が向いてしまいます。あとの二人にしてもそうです。マザー・テレサも同じかもしれません。しかし神や仏などでは片付かない何か大きな力が私たちを突き動かしているように感じてしまいます。頭で考える理屈はどうとでもなりますが、それを実行に移すためには、大きな何かを感じ取る力がなければと考えてしまいます。 こんなバカ話は別として、この本の半分を費やしている穀田屋重三郎の話は、当時の社会の説明もしっかりされており、気持ちのいい文章でもあり、すがすがしい気持ちを与えてくれました。