本 の 紹 介


恐 山 〜 死者のいる場所
南 直哉 著  新潮新書 735円



 私たちを含めてすべての生物の命とはなんなのか?また生物ではないと考えている岩石などの命とはなにか?それに対する答えはあるのかないのか。そんなことは、どうでもいいことなのかもしれません。信仰を持つ人にとってはその信仰に基づく答えがあると思います。それはそのように信じているだけのことかもしれません。ただ一つ正確なことは、「今生きて生活し、確実に死ぬ」ことだけといえます。お化けや、幽霊などの怪談話には誰でも関心を持つこと自体、私たちの知れえない世界が存在していることへの証なのかもしれません。恐山もそうした世界との接点として存在する場所といえます。霊的なパワーにあふれた所と考えていたら著者は、死に向き合った人間がそこから何かを引き出すところではない。空の容器の中に自分の思い悩みを吐き出すところと言っています。パワーレススポットだからこそ霊場になりえると。
 おどろおどろしい風景の恐山の住職として8年過ごして霊や幽霊と遭遇したことは一度もないとのことですし、仏教では死後の世界や霊魂について問われた場合、「答えない」、これを「無記」といいブッダ以来の公式見解だといっているように経験したこともないことをまことしやかに物語るよりは今を大事に生きるため自分の気持ちをリセットするところが霊場であり宗教であるのかもしれません。胃がむかむかすれば吐いてしまえば気持ちがよくなります。しかし頭でっかちになると分かってはいてもそれができないもどかしさもあります。それは、「不安を共有できない宗教者は信用できません。不安を共有して、なおかつ生きることにチップを張る、つまり賭けることができる人間こそが、優れた宗教者であると私は考えます。「答を出す」のではなく「問い続ける」ことこそが、宗教者にとって重要なことなのです。」と書かれていような出会いがないかなのかもしれません。
 抹香臭さもなく、気楽に読める軽い本ですから一つの恐山物語として読まれても楽しめます。