本 の 紹 介


帝国を魅せる剣闘士〜血と汗のローマ社会史
本村凌二 著 山川出版 2800円



 お正月のテレビ番組を見ていると古代文明や歴史をテーマにした長時間の番組が目に付きます。こうしたものは普段でも時々特集があり、視聴者の関心の高さを物語っているといえます。私自身も例外でなく古代のギリシアに学生時代から関心を持ってきましたが、それは古い時代の輝きに対する憧れかもしれません。しかし一歩下がってみれば、私達が生きている今の時代以上にドロドロした世界の上に輝かしい文明が成立しています。民主制を完成したギリシアにしてもスパルタでは奴隷暗殺が成人への通過儀礼となっていました。こうした世界の上に私達があこがれる文明が築かれたことも忘れることは出来ません。数千、数万人の公衆の面前で命の遣り取りを楽しむという娯楽を提供したのが古代ローマ時代の剣闘士達でした。彼らも好きでこの職業に就いたのではなく奴隷の中から選抜された人たちでした。
 この本は、第1部「ある剣闘士の手記」の翻訳と第2部「ローマ社会と剣闘士」からなり、第2部は、第1章で剣闘士競技の起源とローマ社会と見世物、第2章で剣闘士がどのように誕生し、どのように興行が行われたか、第3章で剣闘士競技への批判と終焉が扱われています。前4世紀から5世紀始めまで延々と剣闘士興行が行われたことは古代ローマ人にとって究極の楽しみであり、市民の不満の捌け口の場の提供でもあったのでしょう。
 「ある剣闘士の手記」の一説に次のような言葉がありました。「当人たちには対戦相手が伝わっていなくても、民衆はとっくに知っており、試合の成り行きをあれこれ予想しているわけだ。剣闘士には生死を賭けた戦いでも、見物人にはお金を賭ける見世物でしかないのだ。」これと同じような光景は形を変えて私たちの周りにいくつもあるような気がしますし、人間にとって切実な問題としてDNAに組み込まれているのかもしれません。