本 の 紹 介

法然―イエスの面影をしのばせる人(著作選集第8巻) 井上洋治著 日本基督教団出版局 2,700円
日本仏教を変えた 法然の先鋭性: 親鸞にとっての「真宗」根津 茂 著 法蔵館  1,300円

 井上神父さまはフランス留学の船が遠藤周作と同じでお互いが日本人の心情に合ったキリスト教を求め、遠藤周作の作品の中に出てくる神父のモデルが井上神父さまと言われています。キリスト教側から仏教に関心を持ち研究する人は少なくありません。特に坐禅を通じてアプローチされる人は沢山おられます。その嚆矢となったのが幟町教会を再建した愛宮ラサール神父様でした。愛宮ラサール神父様の禅に関する著書の翻譯書でもあるプロテスタント新約学者佐藤研は「禅キリスト教の誕生」を著すなど積極的に取り組まれています。私自身も禅の考え方はを知ることはキリスト教の信仰にも大いに役立つと考えていますが、井上神父様は学生時代から法然の思想に傾倒しておられました。副題にあるように福音書の書かれているイエスの言葉との類似性を対比させながら進められています。南無阿弥陀仏と唱える。また十字を切ってうなだれるだけ、それ以上のことは私たちにはできないのかもしれません。
 法然もイエスも拠点となる施設を造らなかった。また両者とも既成の教団を否定したのではなく、これまでの教えを徹底的に読み直し、人間全て平等であり、高貴卑賤、富者貧者問わず同じように救われることに徹底的にこだわった人物として捉えることができます。そうすると当時の世界では非常にラジカルな危険人物として敵視され、『法然の教えでは、人間は平等であり、ともに凡夫であり愚者である。聖道門仏教では、僧侶は戒律を守る聖者であり、天皇や貴族は仏教の外護者であり、特別な地位が宗教の名のもとに保障される。こうした秩序を否定する法然の思想は、律令制のうえからも、荘園制のもとにおいても、既成の仏教からも許しがたい思想なのである。』 (根津著P231)とされ言うようにイエスともども迫害の対象として殉じたといえます