本 の 紹 介

守教 (上・下) 新潮社 各1,600円 帚木 蓬生 著

今村教会"  この教会は、福岡県三井郡大刀洗町にあり、殉教した庄屋平田道造の墓の上に建設された今村教会です。1913(大正2)年に教会建築の第一人者鉄川与助によって完成され、平成27年に国の重要文化財の指定を受けています。「守教」の舞台はこの今村教会のある地域にキリスト教が広まり、隠れキリシタンとしての時代そして明治に入ってからのカトリックへの復帰に至る時代が舞台となっています。上巻は大友宗麟が理想としたキリスト教国を造るべく大庄屋としてこの地に派遣された一万田右馬助がキリスト教を根付かせ近隣との連携を図る過程が描かれています。下巻に入るとキリシタン弾圧から殉教そして浦上の信者との連携を通してカトリックに復帰する過程が淡々とした筆致で描かれます。
 カトリック教会では殉教が美化され、お祭り騒ぎになっていることに何かしら割り切れない思いがあります。真っ先に踏み絵を踏んでしまう自分から見ると殉教を美化するのではなくそうした時代の中に生きる辛さと隠れになりまた転んだ人達の信仰への思いを考えてしまいます。この本には弾圧の時代、聖職者たちか潜伏し全国を巡って必死で司牧に努めていた様子やお寺とも阿吽の関係を築き、模範的な農民として素朴に信仰を守り続けた様子が描かれています。この地域の殉教者平田道造は村人全員が棄教するとの証文には加わらず、兄であり隠れキリシタンである大庄屋に「今村の前庄屋が、どうしても棄教しないと言い放ち、あまつさえ、これからも布教を諦めんと言い張っているので、極刑でもって咎めをしていただきたい、そげな訴状です。」と藩に訴えることを迫ります。自分を犠牲にして村人の信仰を守る菩薩道の実行です。後に墓参りをしたペトロ岐部は「殉教するのは、私たち聖職者だけで十分です。あなたたち信徒は、生きてデウス・イエズスの願いを、この世で実行するのです。何としてでもです。何としてでも・・」と言っています。浦上四番崩れの悲惨さの中にではなくロザリオを手作りし普段の生活の中で祈りを続けてきた人達の中に「信仰すること」を見つけていきたいとの思いを新たにしました。