本 の 紹 介

「福音の実り―互いに大切にしあうこと」

〜 本田哲郎対談集 〜 浜矩子・宮台真司・山口里子・M・マタタ オリエンス宗教研究所  1,500円

 書名と出版社だけを見るとキリスト教の悪臭が鼻につく本のようでありながら、敬虔なキリスト教の人達には受け入れられにくい内容かもしれません。本田神父が釜ヶ崎で生活する中で頭の中から腹の底に落ち込んだものを軸にそれぞれの専門分野で辛辣な発言をされてきている方々と対談されています。綺麗ごとの世界の中で物事を考えている人達にとっては耳障りな発言ばかりと言えます。しかしどろどろした現場で右往左往している者にとっては共感できますし、そうでなくても社会の様々な問題を感じている人達にとっては刺激を受ける対談集と言えます。
 対談者は、辛辣なアホノミクスと経済政策を批判する経済学者の浜矩子先生、様々な分野で活動される社会学者の宮台真司先生、聖書学・フェミニスト神学の山口里子先生そしてコンゴ出身でカトリックの修道会である淳心会のM・マタタ神父(前オリエンス宗教研究所所長)です。
 本田神父は、釜ヶ崎という底辺に沈まざるを得なかった人達と接したことを契機として、生活の場を共にし、これまでの生き方・考え方や研究の視点を最底辺から見直しをされています。
 この本の中で関心を持った言葉を繋ぎ合せてみると、アガペーは「愛」と訳したのが間違いで「大切にする」と訳すべきである。そうした思いを持って共感できれば、はらわたが突き動かされ、損得勘定を前提とした自発性からではなく、利他的な内発性を基とした行動が起こってくる。当然それらをまとめ上げて効果的な戦いにするには共通の「怒り」が必要である。怒りは活動の求心力として欠くことはできない。ただこうした低みから見る見方も単なる切り口の一つでしかないことはしっかり認識しておく必要があるとなりました。唯一の財産であるバックを盗まれた時の釜ヶ崎住人の言葉は「まあ、しゃないわ」といってあきらめる。これが釜ヶ崎流の「赦し」です。こうしたところに「私が、わざわざ十字架を掲げて、「赦しあいましょう」なんて言う必要があるのかということですね。」と言われています。